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68章 学習能力のない逆恨み
926. 一番慈悲深くて温厚?
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ヤンが吠える。護衛としての役目を果たせと、まだ若い後輩に叫んだ。
「しかしケガを!」
「この程度ケガに入らぬ!」
「いや……血が出てるぞ?」
イポスとヤンの真剣なやりとりに、思わず茶々を入れてしまった。ルシファーの低い声での指摘に、ヤンが頭を前足で抱えた。足手纏いになったと後悔しているらしい。その姿を見て、ふと気づいたリリスが小声で指示を出した。
「小さくなって、ヤン」
「こうですかな?」
弓矢や魔法でイポスに遠距離攻撃を仕掛ける人族をよそに、ヤンは言われた通り小型化した。大型犬サイズまで小さくなるが、リリスは「もっとよ」と手で指示する。言われた通り限界の子犬まで縮まると、足に食い込んでいた鉄の罠が地面に落ちた。
「外れましたぞ!」
噛み合った罠の刃の間を、小さな足が抜ける。やっぱりと手を叩いて喜ぶリリスが手を伸ばした。呼ばれるまま、痛む後ろ足を引きずったヤンが歩こうとする。
「よし」
状況を冷静に見てとったルシファーが、転移魔法陣でヤンをリリスの後ろへ転送した。リリスの前は壁状の結界が張られ、さらに半円状の結界が少女達を包んでいる。もう安心だと肩から力を抜いた。
見守る先で、ルキフェルが魔法陣をひとつ指差す。波紋の魔力が供給され続けているため、わずかな指示で発動する。弾けた魔法陣が人族の数人を拘束した。足元の木々を操り、蔓で縛り上げて吊るす。暴れる仲間を助けようと剣士が近づいたところを、盛り上がった地面が飲み込んだ。
「僕はね、大公の中で一番慈悲深くて温厚なんだよ? こんな残酷なこと、あまりしたくないんだ。……楽しいけど」
最後に本音が小声で漏れたぞ? ルシファーの顔が引きつる。真っ赤な血を浴びて笑う、ベールよりずっと残酷だった幼児を思い出した。アスタロトに似て、魔法より自分の手で引き裂くことを好む。ベルゼビュートでさえ眉を寄せるほど、常に血の臭いを纏う子供だった。
今の発言とは真逆の存在だ。悲鳴を好み、生々しい肉を裂く感触を楽しむ小悪魔だと言われてきた。普段は研究で表に出ないだけで、ひとたび敵を見出せば大喜びで戦いに興じる。残忍な笑みを浮かべ、ルキフェルは人差し指を唇に当てた。仕草は無邪気だが、表情は本性を隠せていない。
「うるさい! 死ねっ」
叫んだ男を振り向くと、逆の方角から火球が飛んでくる。剣士が囮となってルキフェルの注意を引き、死角から魔法による攻撃を試みたのだ。過去に魔族から得た魔法陣を扱う人族の魔力は少なく、また使う魔法陣も旧式だった。
魔法陣の専門家であるルキフェルに届くわけがない。1万年近くひたすらに腕を磨いた、魔力の塊である竜は白い頬を緩めて笑う。波打つ魔力が感知した炎は、自動迎撃した魔法陣により対消滅した。
熱が伝わる手前の距離で、炎は水によって消される。蒸発した水は炎に注がれた魔力と同じ量、その計算を自動で行った魔法陣の優秀さに、仕掛けたルキフェルは満足そうに頷いた。
「意外と使えるね。それと不意打ちは意味がないよ。僕の周囲は今のと同じ魔法陣が溢れてる」
絶望を形にして突きつける水色の瞳の青年は、ドラゴンの羽をばさりと羽ばたかせた。目の前の獲物は残り23匹――どこから潰そうか。
楽しむルキフェルの邪魔をしないよう、ルシファーはリリスに歩み寄った。
「ヤンはどうだ?」
「いま治してるわ」
治癒の得意なルーシアとルーサルカが共同で魔力を注ぎ、リリスは自分のリボンを解いて傷の少し上を縛っていた。手が赤く汚れたリリスは、その手で頬を擦る。頬が汚れても、結った髪がほつれてもリリスは気にしない。
「痛い? すぐに良くなるわ」
リリスも治癒のために魔力を注ぐが、妙に治りが遅かった。気になって膝をついたルシファーは、傷の上に手を翳して眉を寄せる。
「まて、傷を塞ぐな」
「しかしケガを!」
「この程度ケガに入らぬ!」
「いや……血が出てるぞ?」
イポスとヤンの真剣なやりとりに、思わず茶々を入れてしまった。ルシファーの低い声での指摘に、ヤンが頭を前足で抱えた。足手纏いになったと後悔しているらしい。その姿を見て、ふと気づいたリリスが小声で指示を出した。
「小さくなって、ヤン」
「こうですかな?」
弓矢や魔法でイポスに遠距離攻撃を仕掛ける人族をよそに、ヤンは言われた通り小型化した。大型犬サイズまで小さくなるが、リリスは「もっとよ」と手で指示する。言われた通り限界の子犬まで縮まると、足に食い込んでいた鉄の罠が地面に落ちた。
「外れましたぞ!」
噛み合った罠の刃の間を、小さな足が抜ける。やっぱりと手を叩いて喜ぶリリスが手を伸ばした。呼ばれるまま、痛む後ろ足を引きずったヤンが歩こうとする。
「よし」
状況を冷静に見てとったルシファーが、転移魔法陣でヤンをリリスの後ろへ転送した。リリスの前は壁状の結界が張られ、さらに半円状の結界が少女達を包んでいる。もう安心だと肩から力を抜いた。
見守る先で、ルキフェルが魔法陣をひとつ指差す。波紋の魔力が供給され続けているため、わずかな指示で発動する。弾けた魔法陣が人族の数人を拘束した。足元の木々を操り、蔓で縛り上げて吊るす。暴れる仲間を助けようと剣士が近づいたところを、盛り上がった地面が飲み込んだ。
「僕はね、大公の中で一番慈悲深くて温厚なんだよ? こんな残酷なこと、あまりしたくないんだ。……楽しいけど」
最後に本音が小声で漏れたぞ? ルシファーの顔が引きつる。真っ赤な血を浴びて笑う、ベールよりずっと残酷だった幼児を思い出した。アスタロトに似て、魔法より自分の手で引き裂くことを好む。ベルゼビュートでさえ眉を寄せるほど、常に血の臭いを纏う子供だった。
今の発言とは真逆の存在だ。悲鳴を好み、生々しい肉を裂く感触を楽しむ小悪魔だと言われてきた。普段は研究で表に出ないだけで、ひとたび敵を見出せば大喜びで戦いに興じる。残忍な笑みを浮かべ、ルキフェルは人差し指を唇に当てた。仕草は無邪気だが、表情は本性を隠せていない。
「うるさい! 死ねっ」
叫んだ男を振り向くと、逆の方角から火球が飛んでくる。剣士が囮となってルキフェルの注意を引き、死角から魔法による攻撃を試みたのだ。過去に魔族から得た魔法陣を扱う人族の魔力は少なく、また使う魔法陣も旧式だった。
魔法陣の専門家であるルキフェルに届くわけがない。1万年近くひたすらに腕を磨いた、魔力の塊である竜は白い頬を緩めて笑う。波打つ魔力が感知した炎は、自動迎撃した魔法陣により対消滅した。
熱が伝わる手前の距離で、炎は水によって消される。蒸発した水は炎に注がれた魔力と同じ量、その計算を自動で行った魔法陣の優秀さに、仕掛けたルキフェルは満足そうに頷いた。
「意外と使えるね。それと不意打ちは意味がないよ。僕の周囲は今のと同じ魔法陣が溢れてる」
絶望を形にして突きつける水色の瞳の青年は、ドラゴンの羽をばさりと羽ばたかせた。目の前の獲物は残り23匹――どこから潰そうか。
楽しむルキフェルの邪魔をしないよう、ルシファーはリリスに歩み寄った。
「ヤンはどうだ?」
「いま治してるわ」
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「痛い? すぐに良くなるわ」
リリスも治癒のために魔力を注ぐが、妙に治りが遅かった。気になって膝をついたルシファーは、傷の上に手を翳して眉を寄せる。
「まて、傷を塞ぐな」
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