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67章 襲撃の残り火

917. 殺す気で挑め

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 キマリスの案内で街を回った魔王一行が入ったのは、街で一番立派な宿だった。ドラゴンが元の大きさで泊まれることが売りの、大きな宿に大公女達は目を瞬かせる。

 天井が高いという表現を通り越し、謁見の間と大差ないぶち抜きの天井に感嘆の声をあげた。天井にシャンデリアがないのも特徴だ。背の高い種族ばかりなので、背伸びをしたときぶつからないよう垂れ下がる飾りは嫌厭された。

 巨人族自体があまり贅沢を好まない性格であることも手伝い、基本的にはシンプルで最低限の用が足りればいいという造りだ。恐縮する宿の主人に大量の金貨を払い、駆けつけた民に料理を振る舞うよう頼む。この辺りは慣れたルシファーの采配に、間違いはなかった。

「では私はこれで失礼いたします。明日はルキフェルが合流予定です」

「わかった。城の留守は任せる」

 城に戻ってそのまま仕事につくのだと思ったルシファーの勘違いを、アスタロトは正さなかった。勘違いは好都合だ。

 魔法陣を描かず、足元の影に吸い込まれるように、アスタロトは姿を消した。

「相変わらず奇妙な特性だ」

 吸血種でも一部の者しか扱えない影だが、あれは便利そうだ。昔羨ましいと思い、彼に方法を問うたが説明が理解できなかった。その後、何度も繰り返し説明を求めるルシファーに、ベルゼビュートが腰に手を当てて溜め息をつく。

「あれって、技というより種族特性なの。私が精霊を扱うのと同じで、説明が出来ないわ。あなただって、魔力が増え続ける理由がわからないんでしょう?」

 呆れ半分の説明に、なぜか納得してしまった。翼のない者に翼の出し方を聞かれても、説明はもちろん教える自信もない。それと同じだと割り切ったため、影の操作は「魔術や魔法」ではなく「特性」と認識していた。

「見て! 部屋も大きいわ」

 はしゃぐリリスを抱き上げて、ベッドの上に放り投げる。巨人族用の強いスプリングに弾かれ、リリスは何度も跳ねた。

「きゃっ、こんなの初めて! 凄いわ! ルシファー」

 そのセリフが性的な意味に聞こえたらしく、リリスを抱き上げて部屋に入った光景を思い出したイポスが駆け込む。この視察旅行で魔王の魔王様が暴走しないよう、ベールから見張りを命じられていた。剣は抜かないが、場合によっては攻撃を仕掛けてでも止める。意気込んだイポスは、ベッドをトランポリン代わりに遊ぶリリスに安堵の息をつく。

「イポス、お前……誰に命じられた?」

 大人の事情を察してしまったルシファーの問いかけに、一瞬口籠ったが口止めされていないので口を開く。

「ベール大公閣下に正式な命令書をお預かりしました。それ以外にアスタロト大公閣下にも」

 正式な署名入りの命令書には、ベルゼビュートを除く3人の大公の名前が並んでいた。気持ちはわからないでもないが……オレは盛りのついた獣か? はぁと大きな溜め息をつき、ルシファーは命令書をイポスに差し出した。

「よろしいのですか?」

 破るのかと思った。素直なイポスの感想に、苦笑いして空中からペンを取り出す。まだ手元にある命令書の空欄に、己の直筆で署名を書き足した。

「オレも見張ってくれた方が助かる」

 本音を漏らせば目を見開いたイポスが「はっ、命令とあれば」と堅苦しく敬礼する。その肩をポンと叩き、しっかり言い聞かせた。

「リリスの悲鳴や拒絶が聞こえたら、抜刀を許可する。いいか、遠慮なく刺せ」

「陛下、お言葉ですが……そこは遠慮なく止めろでは?」

 刺せとは物騒な表現だとイポスが困惑する。しかしルシファーは、ここまで言い切る根拠があった。

「暴走しているオレを止めるんだぞ? ……殺す気でやらなければ、イポスが死ぬ」

 ルシファーの真剣な言葉に、ごくりと唾を飲み込んだイポスは頷いた。
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