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67章 襲撃の残り火

911. リリスの夜の隠し事

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 投げナイフの練習をしている。そんな話をイポスから聞き、ルシファーはがくりと肩を落とした。ナイフは不要だと納得させたと思ったのに、カッコイイと目を輝かせるリリスの姿が容易に想像できる。

「今日はどこへ……あふん……行くの?」

 途中で可愛らしい欠伸を挟んだリリスに、ルシファーは溜め息をつく。昨夜はどうしてもイポスと一緒に休むのだと駄々を捏ねた婚約者の我が侭を許したのは、寝不足にさせるためではなかった。もしかしたらその前の日にシトリーと寝たいと言ったのも、ルーシアと過ごしたいと願ったのも、同じ理由だろうか。

 隣で寝ていれば、腕から出ていくリリスに気づかないルシファーではない。そもそもが魔力と比例する耐性の強さで、数年寝なくても平気な魔王である。赤子だったリリスが心配で寝なかった時期もあるルシファーは、リリスが抜け出すと知っていれば寝ずに監視するのは確実だった。

 理解しているから離れて練習したリリスだが、バレているとは夢にも思わない。上手になったら披露して驚かせたいのだ。その旨を彼女らにも説明したし、協力してくれると考えた。しかしイポスはリリス専属の騎士であり、職業軍人でもある。軍の頂点に立つ魔王に逆らうことは無理だった。

 あっさり自白して判断を仰いだイポスに「何とかする」と告げて、ルシファーは気づかないフリをする。注意するなら、現場を抑えるのが効果的だろう。視察前の朝に機嫌を損ねて一日を台無しにするものではなかった。この辺は、リリスの性格をよく理解している証拠だ。

「先にご飯食べようか」

「うん」

 欠伸を噛み殺すリリスを膝の上に乗せ、黄色いミニトマトを口に押し込む。素直に食べ始めるが、いつもなら果物がいいと我が侭を言うところだ。嘘をついているからバツが悪いのか。単に寝ぼけているのかも知れないが、このチャンスにしっかり野菜を主流に食べさせた。

 向かいで居心地悪そうに目を逸らすルーシアとシトリーも、イポスに促されて自白に訪れた。自分だけで練習すると言われたが、さすがに寝て待つわけにいかず、付き合った彼女らも徹夜したらしい。明け方には部屋へ戻ったようだが、数時間しか寝られなかっただろう。

 大公女を巻き込んでの騒動はしっかり叱る必要があった。彼女らはリリスのお取り巻きだが、言いなりになる配下とは違う。大公であるベールやアスタロトもそうだが、部下であると同時にリリスを嗜める役も担っている彼女らは、反省するように促した。

 レライエは婚約者の翡翠竜が一緒に泊まるので遠慮したらしく、まだ巻き込まれていない。だが彼女も含めて、3人に言い聞かせた。リリスの我が侭を叶えるのは仕事ではない――と。

「この街も今日が最後だし、ドラゴン達がよく泳ぐ湖で遊ぶか?」

 提案すると、リリスはにっこりと笑った。彼女が摘まんだ果物を「あーん」で受け取り、穏やかな表情を貼り付けて応じる。寝不足も手伝って判断力の落ちたリリスは、罠に気づいてなかった。

 大量のドラゴン種を引き連れての遠足で、リリスは泳ぐと言い出して止められる。水着姿を人前に晒すのはダメだとルーシアに説得され、水竜の背に乗って遊ぶことで妥協した。落ちても危険がないよう水の精霊族であるルーシアが付き添う。

 すいすいと水を切って泳ぐドラゴンの背で、リリスが手を振った。にこやかに振り返しながら、ルシファーは他の竜が持ち込んだ狩りの獲物を検分し始める。ルシファーに褒めてもらおうと、コカトリスや角兎、熊、鹿に至るまで大量の魔物が並べられた。

 魔族同士は共食いしないのが基本ルールだが、通常の動物や魔物は食料として重宝している。褒めながら献上される獲物をチェックするルシファーは、微笑みを絶やさなかった。遊ぶリリスへ時折合図を送りながら、何も気づいていないフリを貫く。

「よろしいのですか?」

 心配そうにイポスが尋ねるのを、木陰に用意したテーブルに肘をついて聞く。彼女はまだルシファーの意図に気づけなかった。
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