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66章 ドラゴンの逆鱗

902. せっかくだからお揃いがいい

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 やっぱりうさぎの耳から食べるのか。丸くなるパンを見ながら、ルシファーは子供の頃と同じ食べ方に頬を緩めた。大人びた言動をしても、どれだけ外見が変わっても、リリスは赤子の頃から見守った彼女のままだ。そんな細やかな満足に口元が自然と緩む。

「パン屋さんに行くって、どうしてバレちゃったのかしら」

 てくてくと大通りを歩くリリスが首をかしげる。隣で手を繋いだルシファーを見上げる仕草は可愛らしい。祝福の声に応えながら、ルシファーは何でもなさそうに返した。

「ずっと監視されていただろう」

 てっきりベールかアスタロトが寄越した報告用の監視だと思ったので、放置してしまった。竜族特有の波長を宿した魔力の主は、魔王軍にも多く在籍している。敵と味方の区別がつかなかったのだ。

 特に攻撃する素振りや殺気がなかったのも手伝い、ルシファーは咎めなかった。イポスも殺気がないため、特に気にしなかったらしい。それもそうだろう、この街の住民の半数以上が竜種なのだから。大公女達は気づけなかった自分に愕然としながら、視察が終わったら自主訓練をしようと心に誓った。

 ルシファーとリリスの後ろは、現在大行列が出来ている。護衛のイポス、大公女3人、街の住人がぞろぞろ……入れ替わり立ち替わり集まってきた。ちらりと振り返り、苦笑いして肩を竦める。

「ずいぶん増えたな」

「そうね、でもお披露目は目立ったほうがいいんでしょう?」

 リリスは注目を集めることに慣れているため、特に気にした様子はない。だが口調に多少含みを持たせて、意味ありげに右眉を上げた。尋ねる仕草に頷く。

 こうしてルシファーとリリスが外で注目を集める間に、ベール率いる魔王軍やアスタロトの配下である情報収集部隊が動いていた。数年後に控えた結婚式までに、魔族の不穏分子の洗い出しを行う。これは上層部の決定事項だった。

 今回のように直接的に行動を起こす輩なら問題ないが、以前のゾンビ事件など裏で画策する連中を洗い出すのが目的だ。お披露目で婚約者リリスを自慢したいルシファーの想いと、早めに危険分子を排除したい側近達の思惑が一致した結果だった。

「次は何がいいか」

「そうね、あのお店はどう?」

 大きくて立派なレンガ造りの店、ではなく……隣のこじんまりしたテント屋根の店を指さした。揺れる看板から、武具を扱う専門店のようだ。

「武器?」

 リリスには必要ないだろう。護衛のイポスが常に一緒にいるし、ルシファーも隣にいる。最強の純白魔王に並ぶ実力者が今さら武器を買うことに、後ろの大公女達も含めて首をかしげた。

「入りましょう」

 リリスは戸惑う周囲を促し、小さな店の中に入った。隣のレンガ作りの大商店は宝石関連を扱うため、リリス達の方向転換に狂喜乱舞したが……予想外にも隣に吸い込まれる魔王と魔王妃を見送る。がっかりするが、興味を引かれたのか。店番を残して武器屋に従業員が移動し始めた。

 あまり広くない店内は、あっという間に人で溢れる。入れない人々がなんとか姿を見ようと覗くため、肩車をしたり足元から滑り込もうとしたり、騒動は収まる様子がなかった。

「何が欲しいんだ?」

「イポス用の短剣が欲しいの」

「「短剣?」」

 イポスは居心地悪そうに目を逸らした。どうやら心当たりがあるようだ。リリスの短い説明では意味が分からず、詳細を丁寧に聞き出した結果……イポスは魔法があまり得意ではない。多少使えるが、遠距離への攻撃方法を模索していたらしい。

 そこで短剣を投げる魔王軍の斥候の様子を見て、同じように訓練を始めたのだ。いつも自分を守ってくれるイポスが使う武器なら、手に馴染む使いやすい短剣をプレゼントしよう。そう考えたリリスの前に、ちょうど手ごろな武器を扱う店があった。状況がわかれば、納得できる。

「なるほど、イポス。いくつか手に取って選んでくれ」

 恐れ多いと恐縮しきりだが、最終的にリリスに押し切られた。曰く「選ばないなら、私が自分で選ぶわ」と、いきなり短剣に白い手を伸ばしたのだ。武器屋に並ぶ武器の大半は商品であり、当然ながら切れ味鋭い新品である。指先に傷でも作ったら大変だと慌てたイポスは、店主の老人と一緒に隅っこで短剣選びを始めた。

「これ、手に馴染むわ」

「軽いから使いやすそうだね」

 レライエも小さなナイフを握り、軽く振ってみる。どうやら気に入ったらしく、柄に巻かれた布もしっくり馴染むようだ。アムドゥスキアスが「プレゼントするよ」と笑顔でカッコつけるが、婚約者のバッグの中なので、どうみてもペット枠である。

「護身用だから、このくらい装飾が少ない方が使いやすそう」

「私はこっちの弓が気になる」

 武器屋と知って戸惑ったルーシアとシトリーも、それぞれに気になった武具に触れる。足に巻くガータータイプのベルトにセットされた手のひらに収まる小型ナイフや、世界樹の枝を利用したと思われる弓を手に彼女らはしっかり吟味して頷いた。買うのだろう。

 最終的に店を出た彼らの両手は武器でいっぱいだった。すぐにそれぞれが収納へしまうが、店内でしまうと宣伝にならないので外で購入品を見せつけてから片付ける。シトリーは弓に矢を3本おまけしてもらった。イポスは練習用を含めて短剣を6本、ガータータイプのナイフは大公女4人分だ。

 ドレスのスカートの中でも付けられるから、ガーター収納タイプのナイフを購入したが……どうしてもお揃いにするとリリスが店内に戻ろうとし、慌てて全員で止めに入った。

「リリスを守るのはオレの役目だから、そこはナイフに譲ることは出来ない」

 人前で目いっぱい口説いて甘やかして、やっとの思いで説得したルシファーにリリスは折れた。残念そうにしながら、大人しく守られると約束する。護衛を含めほっとするが……投げナイフに憧れたリリスが後日騒動を起こすことを彼女らは知らない。
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