上 下
891 / 1,397
65章 新しい生活環境とは

886. 見事に再現された古傷

しおりを挟む
「すごい、そっくりだわ」

 爆破される前の室内そっくりに仕立てられていた。部屋の間取り、備え付けの家具や絨毯、カーテンに至るまで……時間を巻き戻したようだ。驚いた様子の2人に、アスタロトがくすくす笑いながら種明かしをした。

「侍従や侍女、掃除係まで総出で記憶を持ち寄り復元しています。可能な物には復元魔法を直接かけ、無理な物は記憶を頼りに作り直しました。絨毯やカーテンはアラクネ達の製作時の記録から、家具は職人たちが記憶を掘り起こして試行錯誤ですね」

 笑うアスタロトの後ろから、ルキフェルを伴ったベールが顔を見せた。彼らも知っていたらしい。もしかしたら口出しした可能性もあった。廊下でわくわくしながら見守る、侍従のコボルトや侍女アデーレの姿も見える。ベールとルキフェルが口を開いた。

「ようやくお披露目できました」

「凄いでしょう? 作品に関するドワーフの記憶力は異常だよ、研究してみたくなっちゃった」

 製作した家具や建物に関する記憶は、ドワーフにとって一生の財産だという。それらを書面に残すのは文官だが、ドワーフは口伝えで弟子に教える。それを改良して師を凌ぐ作品を作るのが、弟子の最大の恩返しとされてきた。

 そんな彼らにとって「まったく同じ品」を作り直すのは、さぞ気が引けただろう。出来るなら前回よりよい品を作りたいのがドワーフなのだから。

「素晴らしい作品だ。ドワーフやアラクネ達の才能に敬服した。これほどの傑作を与えられたのだ、魔王として報いなければならないな」

 努力に感謝し、彼らの才能を褒めた。同じ部屋を再現した彼らへの褒賞は、望みをアスタロトが聞き取って与える予定だ。それとは別に魔王から存外の誉め言葉を得て、ドワーフの親方は照れた様子で髭をもじもじと弄る。

「おろして、ルシファー」

 するりと腕を解いて中に入ったリリスは、天井や家具を確認しながらぐるぐると見回し、嬉しそうに駆け戻ってきた。両手を広げて抱き留めるルシファーに、興奮で赤くなった頬で満面の笑みを浮かべる。

「本当にそっくりよ! 凄いわ、ルシファーが折った鏡台の脚も……」

「しーっ、それは秘密だと言っただろう?」

 復元魔法でその場で直したが、鏡台の脚が折れた事実を知るのは当事者2人とアデーレのみ。どうやら彼女がバラしたらしい。大公達の後ろに控えながらも、口元を手で隠す姿は「悪戯成功」と思っているのだ。叱る気などなかった。

「ご苦労だった。心より感謝する」

「喜んでもらえてよかっただ」

 親方がくしゃりと顔を潰して笑い、弟子達も頬を緩める。思い出してアスタロトに命じた。

「今夜は好きなだけ酒を飲むといい。ハイエルフのワイン15樽を彼らに持たせてくれ」

 ドワーフの酒好きは有名だ。祭りで楽しめる献上品のワインを多めに渡すことにしたルシファーに、ドワーフから歓声が上がった。侍従や侍女にもそれぞれ褒美を与える約束をして、リリスと2人きりで部屋の扉をしめる。

 見覚えのある机の傷に頬を緩めた。幼いリリスを寝かしつけてからの仕事をこなすため持ち込んだ机の裏を覗き込む。足元で遊んだリリスが積み木をぶつけた痕跡の再現に、思わず笑いが漏れた。誰かが積み木で何度も叩いたのだろうか。

「覚えてるか、リリス。ここに積み木を投げつけただろう?」

「いいえ、でも……誰が知ってたの?」

「積み木を片付けたベリアル辺りかもしれないな」

 懐かしい記憶を呼び起こす部屋をぐるりと回り、ベッドに腰を下ろした。行儀が悪いと叱る奴もいない。隣に座ろうとしたリリスの腕を掴み、膝の上に座らせた。

「さて、明日からまた頑張りますか」

 早朝までの自由時間を楽しむため、2人は手を取り合ってバスルームへ向かう。もう少ししたら夕餉が運ばれてくるだろうから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。 残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。 異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。 飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。 戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。 「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。 元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・! ********** R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。 じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

病弱聖女は生を勝ち取る

代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号 アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ 捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう 傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す

天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます

波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。 光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。 どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。 それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。 イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...