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64章 己の立場を自覚すること
882. 護衛父不在のルーサルカ撃沈
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噂は打ち消すと燃え上がる炎のようなものだ。上から新しい噂を流行らせるのが、賢い手法だった。長く生きれば、人の心の機微もある程度把握できる。人は新しいものに飛びつく習性があり、古い噂の上に新しい噂を乗せるとそちらを信じる傾向があった。
昨夜の「魔王陛下のおケガ」や「魔王妃殿下の号泣」を含めた不名誉な噂より、目の前にある新しい噂の材料の方がインパクトが強い。周囲にお振舞いを続けながら機嫌よく笑顔で進む視察団は、人々の目をくぎ付けにした。
魔王妃や大公女の服や髪飾りは、すぐに流行を作り出す。途中で気に入ったアクセサリーがあれば購入しながら、大公女達は己の役割を理解した。魔王妃リリスに華を添え、人々の消費を促し、経済を回すために着飾るのは必要なことだ。
「あのお店はどうでしょう」
「あちらの方がいいわ」
アンナも加わった少女達の群れは、きゃあきゃあ騒ぎながら婚約者や恋人を引きずっていく。苦笑いしつつも楽しそうに、パートナーへ飾りを見繕う男性陣はお財布係に徹した。
「リリスならこっちの方が似合う」
白い花を選んで髪にピンを刺してやる。ルシファーの見立てに微笑んで、リリスは頷いた。購入しつつ横を見ると、アベルがルーサルカに簪を勧めている。動いても落としにくいピン留めを好むルーサルカだが、アベルは小さな緑の葉と赤い実のついた簪が似合うと口にした。
「ねえ……」
「しー。少し様子を見よう」
口出ししようとしたリリスをひょいっと抱き上げたルシファーに、店の外の女性達から悲鳴があがる。派手な動きで彼らから注目を奪う魔王の首に腕を絡め、リリスはきゅっと抱き着いた。その仕草も可愛らしいと人々から感嘆の声が聞こえる。
「わかったわ」
ひそひそと交わされる内緒話は、外まで聞こえない。魔王と魔王妃がいちゃついている姿に、温泉街の住民は釘付けだった。その陰で、ルーサルカは異性が選んでくれたアクセサリーに悩む。折角だからチャレンジしてみたい気持ちはあるが、落としてしまいそうだし……繊細なデザインは壊しそう。
「でも」
「絶対に似合うよ。だってルカちゃんは美人系だもん」
さらっと告げたくせに、首や耳が真っ赤なアベル。自分の簪を選ぶフリで会話が聞こえる位置まで移動したアンナが「やるわね」と呟いた。アンナの肩を抱くイザヤが「がんばれ」と声にしない応援を送る。他の3組のカップルも息を詰めるようにして様子を窺った。
注目されていることに気づかず、ルーサルカは赤くなった頬を両手で包んだ。その仕草がまた可愛らしく、ぺたぺたと自分の足を叩く尻尾の揺れ方にも感情が溢れる。照れすぎてぶっきらぼうになったルーサルカは、アベルの手に握られた簪をそっと髪に当てた。
今日は結っていないため、髪をハーフアップにして左に流している。その上にそっと当てると、確かに濃いブラウンの髪に銀の簪は映えた。赤い実も緑の葉も、違和感なく溶け込む。それでいて埋もれてしまわず揺れる飾りが目を楽しませた。
「僕が買うから、着けて欲しい」
にこにこと提案して、店主に包んでくれるように頼んだ。アベルに促されて店主に簪を渡すが、ふと我に返って収納から金貨を取り出す。
「自分で買うわ」
「何言ってるの。プレゼントするのは、この簪を選んだ僕の権利だ」
譲らないと言われ、真っ赤になったルーサルカが撃沈した。膝から崩れ落ちそうなルーサルカ、絶賛モテ期である。邪魔をするアスタロトもいない状況で、甘い言葉に「信じちゃダメよ」と己に言い聞かせるのが手一杯だった。
昨夜の「魔王陛下のおケガ」や「魔王妃殿下の号泣」を含めた不名誉な噂より、目の前にある新しい噂の材料の方がインパクトが強い。周囲にお振舞いを続けながら機嫌よく笑顔で進む視察団は、人々の目をくぎ付けにした。
魔王妃や大公女の服や髪飾りは、すぐに流行を作り出す。途中で気に入ったアクセサリーがあれば購入しながら、大公女達は己の役割を理解した。魔王妃リリスに華を添え、人々の消費を促し、経済を回すために着飾るのは必要なことだ。
「あのお店はどうでしょう」
「あちらの方がいいわ」
アンナも加わった少女達の群れは、きゃあきゃあ騒ぎながら婚約者や恋人を引きずっていく。苦笑いしつつも楽しそうに、パートナーへ飾りを見繕う男性陣はお財布係に徹した。
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「ねえ……」
「しー。少し様子を見よう」
口出ししようとしたリリスをひょいっと抱き上げたルシファーに、店の外の女性達から悲鳴があがる。派手な動きで彼らから注目を奪う魔王の首に腕を絡め、リリスはきゅっと抱き着いた。その仕草も可愛らしいと人々から感嘆の声が聞こえる。
「わかったわ」
ひそひそと交わされる内緒話は、外まで聞こえない。魔王と魔王妃がいちゃついている姿に、温泉街の住民は釘付けだった。その陰で、ルーサルカは異性が選んでくれたアクセサリーに悩む。折角だからチャレンジしてみたい気持ちはあるが、落としてしまいそうだし……繊細なデザインは壊しそう。
「でも」
「絶対に似合うよ。だってルカちゃんは美人系だもん」
さらっと告げたくせに、首や耳が真っ赤なアベル。自分の簪を選ぶフリで会話が聞こえる位置まで移動したアンナが「やるわね」と呟いた。アンナの肩を抱くイザヤが「がんばれ」と声にしない応援を送る。他の3組のカップルも息を詰めるようにして様子を窺った。
注目されていることに気づかず、ルーサルカは赤くなった頬を両手で包んだ。その仕草がまた可愛らしく、ぺたぺたと自分の足を叩く尻尾の揺れ方にも感情が溢れる。照れすぎてぶっきらぼうになったルーサルカは、アベルの手に握られた簪をそっと髪に当てた。
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