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64章 己の立場を自覚すること

879. 罰を受けても視察は続く

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 なぜかと疑問を浮かべた者と、厳しい罰に同情する者へ分かれる。ヤン、ルキフェル、ルシファーは同情する派だった。イザヤとアンナも口に出さないが、複雑そうな顔をする。

ですか?」

 驚いた様子のルーサルカへ、ベールがにっこり笑って否定した。

「いいえ、逆です。罰を決められたら、アスタロトは簡単にこなすでしょう? ですから罰を決めず、満足するまで自分を罰する方向性でいきます」

 ある意味、最悪の刑罰だった。終わりが決まっていないうえ、何をすればいいのか漠然としている。確かに「この書類の山を片付けろ」などの命令より厳しい罰だった。罰を言葉にして与えられれば、それをこなすことで許しは得られる。

 果てのない罰は、裏を返せばアスタロトへの信頼と期待の表れでもあった。

「わかりました」

 大人しく一礼し、アスタロトはルシファーへ向き直った。リリスの肩を抱き寄せ、罰が言い渡される様を口出しできずに見守る。覆す力を持ちながら行使しない選択は、ルシファーにとって苦しい時間だった。軽くしてやりたいと思うほど、自分のケガが発端だと思い知らされる。

「魔王城にて陛下のお戻りをお待ちしております。どうぞご無事に、視察を果たしてください」

「……っ、ご苦労。城の留守を頼む」

 部下と上司の言葉は素っ気ないほど硬く、リリスは心配そうに2人の顔を見比べる。しかし彼女も口出しはしなかった。ほんのり紅色の唇をきゅっと結び、泣きそうな表情ながらアスタロトに頷く。

 転移して消えた吸血鬼王を見送った面々は、それぞれに重い気持ちを抱えて俯いた。

「ピヨ、アラエルは即刻移動を開始。もし禁止令を破った場合は、期間を倍にして罰を課します」

 幻獣霊王ベールの冷たい言葉に、アラエルは部屋の外へ向けて甲高い声を上げた。仲間の鳳凰を呼び寄せる響きに、今回の噴火騒動で叱られたものの舞で許された2羽が応じる。残った3羽はすでに別の火山へ移動していた。

「ピヨを預かってください」

 頭を下げて番である2羽に頼むアラエルに同情の目を注ぐものの、彼らは願いを受け入れた。離れようとしない雛をヤンは叱りつけ、最後は殴って引き渡す。可哀そうなようだが、罰は罰。自由奔放に育てすぎたツケが一気に回ったのだから、母親役であるヤンが厳しく対処するしかなかった。

 前足で叩いて大人しくなった雛を咥え、鳳凰達の前に落とす。よろしく頼むと頭を下げるフェンリルに、鳳凰達はこの温泉街の火口で預かる旨を伝えて飛び立った。まだ自力で遠くまで飛べないピヨは、背に乗せられて高い声で鳴く。助けを求める雛の声を、アラエルは両翼で耳を覆って蹲ることでやり過ごした。

「ドナドナみたい」

 ぼそっと感想を述べたアベルだが、イザヤとアンナは窘めなかった。正直、心の中で同じことを考えてしまった後ろめたさが重い。

「あたくしも外回りに出るわ」

 増えた魔物を間引く作業に合流するベルゼビュートは、ピンクの巻き毛を指先で弄った後、ルシファーとリリスへ一礼した。ぱっと姿を消す彼女は、しんみりした空気が苦手だ。ヤンと鳳凰達の姿に同情したのは間違いなく、人目がない場所に移動したかったのだろう。情に厚いベルゼビュートらしい。

 大きく息を吐いたルシファーは、リリスの表情を隠すように彼女を引き寄せた。それから一呼吸おいてベールに向き直る。

「オレへの罰は?」

「アスタロトと同じでいいでしょう。しっかり視察を終えてください」

 弱肉強食の魔族は、純白の魔王に心酔している者が多い。即位記念祭を不本意ながら短縮した経緯がある以上、視察とお披露目を中止するわけにいかなかった。間違いなく暴動になる。笑顔で民に応じながら過ごす期間は、ルシファーとリリスにとって十分な罰になるだろう。

 側近や周囲の護衛が罰を受けた。自分達は守られる立場だと自覚を強めてもらう必要がある。ベールは淡々と決めると、ルキフェルに向き直った。

「ルキフェルが付き添える範囲で対応をお願いします。シトリー嬢も合流させましょう」

「わかった。交代するときはベールに連絡する」

 役割分担が終わり、彼らは分散して支度を始める。これから温泉街での「昨日の騒動は大したことじゃなかった」と知らしめるお披露目が待っていた。
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