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64章 己の立場を自覚すること

876. 反省は海よりも深く

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 ぺたんと座り込んだ状態で、リリスは意識のないルシファーの頭を胸に抱きかかえる。美しいドレスは泥に汚れ、傷ついたルシファーの血に染まった。

 ルシファーに近づく者を排除しようとするリリスの必死の姿に、アスタロトは関係者全員を強制的に屋敷へと転移させたのだ。これ以上、上層部の混乱ぶりを民の目に晒すわけにいかない。あの場で出来る判断はそれ以上なかった。

「ごめんなさい。あたくしが隣にいれば」

 精霊女王が魔王の脇に控えていれば、魔王のケガはなかった。いざとなれば、盾となり守るのが側近の役目だ。

「その通りです、しっかり反省してください。罰は後で言い渡します」

 祭りで浮かれたベルゼビュートは、護衛の役目を後回しに屋台を回った。騒ぎに気付いて駆け付けた彼女は、関係者を転移したアスタロトの魔力を終点として慌てて追いかける。出現した先で、真っ先にアスタロトに叩かれた頬は赤く腫れていた。

「今回、私は本来いないはずでした。その状況で問題が起きたら、誰がどう動くのか。それぞれに考えて反省しなさい。大公女達は下がってよろしい、ご苦労でした」

「「「すみませんでした」」」

 浮かれていた。誰もが魔王と魔王妃の婚約発表に舞い上がり、己の役目を疎かにした結果だ。割り当てた自室へ下がる大公女達を見送り、正座したベルゼビュートの前に立った。

 大公という立場にありながら、彼女はふらふらと出歩いていた。魔王の結界は常時発動で、普段なら危険はない。最強の存在であるがゆえに、周囲は完全に油断していた。

 魔王の結界が必ず張られていると、誰が保証した? 世界普遍の原理でないから、補佐に大公がいるのではないか。

「ベールとルキフェルを呼びます」

 自分達の存在意義を揺るがす事態に、アスタロトは崩れるように座り込んだ。慌てて支えようとして、膝の上のリリスに気付いたルシファーは唇を噛む。

 油断したのは自分だ。一時的に結界を解除したのを忘れ、揉めた鳳凰とドラゴンの間に割り込んだのだから。酔ったリリスに気を取られ、安全確認を疎かにしたオレが悪い。

「ったく、何やってるのさ」

 ぼやいたルキフェルが、転移魔法陣の光の中に立っていた。一緒に転移したベールも溜め息をついて額を押さえる。

 屋敷の部屋の中とはいえ、魔王と魔王妃、大公2人が床に座る光景に呆れた。

「リリスは具合悪いの?」

「寝ている」

 酔った状態で魔力を遠慮なく放出し、さらに強制転移で目を回したらしい。そのまま眠りへ誘導したルシファーの傷は、ベルゼビュートが癒した。見た目に被害はわからなかった。

「すでに噂が広まっています」

 温泉街の様子を確認し終えたベールの突き放した言葉を聞きながら、アスタロトは自己嫌悪に陥っていた。婚約者を連れた大公女達がリリスから気を逸らした時、どうして注意しなかったのか。お祭り気分につられ、浮かれていたのは紛れもない事実だ。

「全員で落ち込んで、どうするのさ。そんな暇があったら、明日元気な姿でも見せてやって」

 何もなかった、魔王も魔王妃も無事だと目に見える形で示す必要がある。ルキフェルのもっともな発言に、ルシファーは力なく頷いた。

「わかっているが」

「が、は要らない。反省したんでしょ? だったら民に無事をアピールするのが役目だから」

 きつい物言いをしたルキフェルは、腰に手を当てて水色の髪をぐしゃりと乱暴にかき乱した。心配したし、不安にもなった。それは大公でも民でも同じなのだ。無事を公表するのは、不要な争いを防ぐ意味でも重要だった。

「陛下は妃殿下とお休みになってください」

 隣の部屋に隔離されたアラエルやピヨと話をしなくてはいけません。そう呟いたベールの凄みある表情に、ルシファーに心配が広がる。

「まさか、彼らを罰したり」

「罰します。なぜ『まさか』なのか分かりませんが、信賞必罰が原則ですから。赤子であろうとピヨの仕出かした行為は攻撃であり、反撃したドラゴンも含めて何らかの罰がなければ民は納得しません」

 ヤンが気に病むだろう。アラエルも反省したはずだ。だがそれだけで許される話ではなかった。誰の目から見ても妥当な罰が必要なのだ。

「あなたは魔王なのです。私情で刑罰に口出しする権利はありません」

 きっちり正論で封じ込められ、ルシファーは腕の中のリリスに視線を落とす。もしリリスに毛筋ほども傷がつけられたら、オレは必要以上の厳罰を与えたはず。ベールやアスタロトは淡々と、決められた法に従い判断を下す。自分の未熟さを知れば、口出しは出来なかった。
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