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62章 数十回目の魔王城襲撃騒動

859. 一番最初に見捨てるのは?

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「陛下が浮気っ!? いえ、作ったのかしら」

「やだ、もうお生まれになったの?」

「だってまだ数日よ?」

 ひそひそと会話する大公女達は、視察の準備を終えて戻ったルーサルカ、ルーシア、シトリーだった。レライエはまだ準備があるとイフリートの調理場に向かったらしい。おそらくお菓子か調味料を貰いにいったのだろう。それはいいとして……何やら不穏な嫌疑を掛けられた予感がする。

 彼女達の会話を頭の中で組み立てると――魔王浮気疑惑から、子作り? 数日なのに生まれたの? となる。つまりオレがお披露目の直後にリリスを襲って孕ませたって疑惑であってるのか?

 めちゃくちゃ信用ないだな。がくりと項垂れた魔王ルシファーを擁護するのは、魔族一、口が立つ男だった。

「皆さん、失礼ですよ。ルシファー様も8万歳以上生きてこられました。することもあります。そのように責めたら、可哀そうでしょう。きちんと責任を取れる大人ですから、養える収入と社会的地位、自前の城を持っています。責めてはいけませんよ」

「「「わかりました」」」

「いや、わかっちゃダメだろ」

 むしろ理解しないで欲しい。なぜオレが襲った前提なのだ。むっとして突っ込んだルシファーへ、アスタロトがくすくすと笑いだした。赤子を抱いたルキフェルはご機嫌で、今はベールが用意したおんぶ紐で子供を背負う練習中だ。

 勝手にお茶を用意したベルゼビュートはソファで寛ぎながら、けろりと暴言を吐いた。

「もし陛下が暴発したなら、卵じゃなくて腹から生まれると思うわ」

 一応卵生種族じゃないと思うのよ。要らない知識に、アンナの性教育を受けた大公女達は頬を赤らめた。生まれるところをリアルに想像したらしい。朝と同じドレス姿で乱れなく微笑む主の姿に、どうやら勘違いだと納得したようだ。

「冗談はここまで。明日からの視察と挨拶回りの詳細を話しますよ」

 アスタロトが仕切り始めるが、ネタにされたルシファーは愚図っていた。最高権力者のはずなのに、随分と蔑ろにされていないだろうか。リリスが「いい子ね」と笑顔で抱き寄せてくれるので、素直にリリスの膝枕に甘える。人前ではあまり見せない姿に、大公女達は目を輝かせた。

「お披露目が終わりましたが、まだ魔族全体に絵姿は出回っていません。そこで今回は出来るだけ街中を歩いていただきます。護衛はイポスとヤン。大公女は何か起きたら魔王妃殿下を最優先に。絶対に護衛を助けに戻ったりしてはいけません。いいですね?」

「「「はい」」」

「あとでレライエにも言い聞かせてください」

「わかりました」

 4人の代表としてルーサルカが頷く。一番年上であり、また面倒見がいいルーサルカがリーダーとして動くことが多い。逆に貴族相手の時は、侯爵令嬢のルーシアが前面に立つ。戦闘ならレライエが引き受けるし、シトリーは偵察が得意だった。

 互いの長所を生かしてその都度リーダーを変更する体制は、大公達のやり方を見習った。誰が一番優れているか競うより、誰が一番向いているかで判断した方が合理的なのだ。このあたりは弱肉強食の掟で生きる実力主義の魔族らしい判断だった。

「手が空いた場合、大公のうち誰かが手伝いに向かいます。しかし基本的にはあなた方が守らねばなりません。トラブルが起きたら、一番最初に見捨てるのは?」

「「「陛下です」」」

「正解です。絶対に魔王妃殿下を危険にさらさないように」

 ベールの確認に声を揃えた少女達の返答、それに追従を打った側近のセリフにルシファーが撃沈した。しくしく泣き真似をしながらリリスの膝に顔を埋める。

「どうしました? ルシファー様」

「見捨てるって、もう少し言い方があるだろう」

 ぐずぐずと文句を言うルシファーを覗き込み、泣き真似だと気づいたアスタロトの口元が歪む。リリスは左手でルシファーの髪を撫でながら、右手で「しー」と人差し指を唇に押し当てた。

「私は見捨てないから安心していいのよ」

 感激して言葉のないルシファーが飛び起きて、リリスをきつく抱き締めた。上手に夫を尻に敷いて操る能力を発揮し始めた魔王妃の手管に、見えないよう顔を反らせて全員が苦笑いする。仲睦まじいことは何より……明日からの騒動を思い浮かべ、約1名を除く大公達は徹夜の書類整理を決意した。
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