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60章 魔王妃殿下のお披露目

842. お姫様の準備と七不思議

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「焼いたお菓子をもって歩いてたから、挨拶したらくれたよ?」

 ルシファーからにじみ出る魔王感溢れる黒い感情を、さらりと流したルキフェルは焼き菓子をひとつ口に放り込む。この程度の殺気で怯えてたら、大公は務まらないよね。そんなルキフェルの態度に肩を竦め、ベルゼビュートは取り出したフルーツを口に運ぶ。

 ベールとアスタロトはお茶にだけ手を伸ばした。大切に瓶へ焼き菓子を詰め直すルシファーは、真剣そのものだった。縁に当たって割れないよう、小さな転移を繰り返して1枚ずつ瓶の中に収納していく。世界最強の魔力量を誇る魔王の必死さが、奇妙な方向に発揮されるのは七不思議のひとつである。

「お待たせ……ルシファー、何してるの?」

 続き部屋のドアを開いたリリスが首をかしげる。黒いドレスは首から胸元までレースで覆うタイプだった。露出が減った分をノースリーブにして補い、肩を出して大人っぽさを演出する。腰を高い位置で絞り、スカートは柔らかな生地を数枚重ねていた。

 形状としてオーバースカートと呼ばれるものだが、巻きスカートのように前が開くデザインだ。黒い絹のスカートが膝下まで隠し、上から柔らかな生地を巻いている。歩くとひらひらと上のスカートが風に踊り、刺繍がされた絹の生地が垣間見えた。

 背中部分に大きなリボンを飾っており、絹のリボンが細いウエストの両脇から覗く。肘の上まで黒いレースの手袋をする予定なので、レースやスカート形状のわりに露出が少ない恰好だった。白い足を包むサンダルは、金と銀のグラデーションである。

 黒髪を緩く結い、零れ落ちる髪に銀鎖が揺れた。化粧はほんのり色づく程度だが、背伸びした少女に赤い紅がよく似合う。会心の出来だと微笑むアデーレを従え、リリスは首をかしげた。

「なんでもない。よく似合うよ、リリス。すごく綺麗だ。さすがはオレのお嫁さんだ」

 お姫様、お嫁さん。その都度欲しい呼び方を使い分けてくれるルシファーに、にっこり笑って歩み寄った。歩くと風で開くスカートだが、刺繍が施された黒絹が見えると品がある。立ち止まれば柔らかなシフォンが垂れて足首まで隠してしまった。

 レースの首元に飾る薔薇色ローズクロサイトの首飾りを受け取り、リリスの首にかけた。留め金をかけて手を離し、首飾りの角度を調整する。ピンクの宝石は半透明のため、黒が透けて色が暗くなることはなかった。

 耳に飾るべきお飾りはまだ早い。ティアラを差した黒髪を魔法陣で固定したアデーレが回り込んで、黒い手袋を渡した。指先を出すタイプにしたため、つけても不便な思いをしなくて済むだろう。

「ルシファー、お嫁さんに相応しいかしら」

 言葉ほど不安ではないのか。リリスは少し口元を緩めて尋ねる。愛らしい少女の確認は、あなたの隣に相応しい女かしらと問うているように聞こえた。黒いレースの手袋を嵌めたルシファーが手を止め、膝をついてリリスを見上げる。

「オレにはもったいないくらい、素敵なお嫁さんだよ」

 囁いて手袋を嵌めた指先に接吻けた。後ろで見守る少女達が羨ましそうに、ほぅ……と吐息を漏らす。夢見るお年頃の少女にしたら、最強の魔王が跪いて愛を語る姿は理想そのものだった。もちろん、それぞれの婚約者を愛していても、憧れは別腹だ。

「素敵ね」

「私もこうやって求婚されたいわ」

「アドキスには無理だな」

 ルーシア、ルーサルカ、レライエの呟きに、うっとりしながらシトリーが頷く。感極まって声が出ないらしい。彼女らも薄化粧を済ませ、結い上げた髪に細い鎖をアレンジして絡めていた。

「お披露目の時間ですよ、陛下」

 アスタロトの声に身を起こし、ルシファーはリリスへ手を差し伸べる。乗せられた黒い手袋の小さな手を握り、腕を絡めた婚約者に頬を緩めた。

 ――今日のお披露目で、リリスは正式に魔王妃として認められる。
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