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60章 魔王妃殿下のお披露目

838. 明日の服装をおさらい

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「誘拐された女性や子供の話だから、気を使ったのだろう」

 以前に魔法陣で誘拐され、人族に傷つけられたリリスを気遣ったのが半分。残りは相手側を気遣ったのだ。被害者の情報をできるだけ少人数で秘匿して対応する。それが今回の幹部会議の理由だった。多少ぼかしたが嘘は言っていない。下手に過去の記憶を刺激して、リリスが不安になると困るのも事実なのだから。

 濡れた黒髪をくるりとお団子にまとめてやりながら、膝の上に乗せたお姫様の様子を窺う。昔は赤かった瞳は金色に輝いていた。少し考えてから大きく頷く。

「心配性なのね」

 そう口にしたリリスは事情を察したらしい。被害者も自分も含んで対象になる言葉を選んだ。すべてバレていると判断し、ルシファーは肩の力を抜く。隠し事は苦手だし、出来ればしたくない。ルシファーに背を預けるリリスが薔薇を千切って、湯船に散らした。

「明日は黒のドレスなのよ! 大人っぽいデザインにしてもらったドレス」

 嬉しそうに肩が出るデザインを説明するリリスは、胸元をレースで覆うドレスを思い浮かべた。仮縫いの時も十分綺麗だったけれど、宝石や飾りをつけたらもっと綺麗だろうと頬を緩める。夕食前にアデーレに聞いた話では、アラクネたちが仕上げたドレスはすでに城内へ運び込まれたそうだ。

「楽しみだな、髪型はティアラに合わせて結い上げるはずだったな」

 百合をあしらった地金に宝石をふんだんに埋め込んだティアラは、重さも考えて軽減の魔法陣を裏に刻んだと報告があった。こちらはスプリガンが祭りの初日に納品したという。世界樹の杖は完成した上、リリスがリボンを巻いた後で預かっている。

 編み髪にブリーシンガルの首飾りの鎖を絡め、化粧はアデーレに任せよう。金と銀のグラデーションで仕上げた新作靴はケットシーが運んできたし……忘れている物はないか。指折り数えるルシファーが、ぽんと手を叩いた。

「忘れてた。リリス、ロードクロサイトの首飾りは?」

 薔薇色ロードクロサイトの名が示す通り、淡いピンクの首飾りだ。以前、視察で着けるように渡した後の記憶がない。ピンクのドレスを側近から贈られて喜ぶ彼女に渡したのは確かだった。あの後攻撃されて人族を狩るベルゼビュートやヤンがはしゃいで、大変だったことまで思い出す。

「あれ? アデーレが片付けてくれたからクローゼットよ」

「首飾りは薔薇石にするか? それとも『ハルモニアの首飾り』がいいか」

 結婚式に使用予定のハルモニアの首飾りは、美しい赤い宝石が嵌められた黄金の宝飾品だ。呪われた魔道具扱いされているが、本来の意味は違う。あれは『結婚相手を魅了する』呪いが掛けられていた。つまり、相思相愛で結婚するなら問題ないのだ。

 ましてやルシファーは、呪いや状態異常を無効にする。アスタロト達も太鼓判を押した安全な使い方だった。他に誰かを不幸にしたり、何か異常を招く機能もない。

「ハルモニアは結婚式用よね? 明日は薔薇の首飾りにするわ」

 ティアラにもリリスが好きなピンクの宝石を多用したため、相性がいいだろう。ブリーシンガルの銀鎖を溶かして使う予定だったので、魔王妃のティアラは銀色の予定だった。しかしブリーシンガルの首飾りは髪に絡める鎖となり、まったく別に制作されたのだ。

 百合のデザインだから清楚さを優先して銀を主張するスプリガンと、黄金を使いたい大公の間で多少のやり取りがあり……ルシファーの折衷案で、プラチナに黄金の飾りをあしらうことで決着した。

「よし。明日は早いからもう寝よう」

 リリスの黒髪を乾かし、慣れた手つきで日課のブラシを始める。髪が千切れないよう何度もブラシを変えながら梳かし終えたリリスを抱き上げ、ベッドまで運んだ。アデーレは仕事が減ると嘆くが、アスタロトと夫婦の時間を増やすよう提案してみたところ、あっさり引き下がる。

 これ以上介入されたくないのか、それとも彼女にとって幸いだったのか。何にしろ、アデーレに提案した翌朝にアスタロトが怖い顔で「夫婦の関係に口出しするのは野暮ですよ」と釘を刺された。あの日の書類は気が遠くなるほど多かったので、二度と口出ししないと心に誓ったことが過る。

 あの日の恐怖が蘇ったのか。寒気がして、ぶるりと肩を震わせてベッドに腰掛けたルシファーへ、リリスが肩に抱き着いた。幼女の頃と違い、肩を温めるように包み込む少女の成長を感じる。

「おやすみ、リリス」

「おやすみなさい」

 腕の中にリリスを抱き締め直し、ルシファーは目を閉じた。
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