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59章 お祭りはそれでも続行

833. 砦の地下に囚われた者

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「この悪魔め! 殺してやる」

「殺す覚悟もなく仕掛けたのですか? 愚かですね。魔王の側近であり、大公である私に喧嘩を売っておきながら、助かる気でいたなど……だから人族は飽きない」

 本能だけの動物と違い、複雑な感情を持つがゆえに遊びがいがある獲物――狩られる弱者の自覚なく、数年もすれば被害を忘れて集ってくる。愛用の剣で、剣士を騙った男の右腕を切り落とした。転がる腕を慌てて拾おうとする背中に剣を突き立てる。

 急所は外した。血を吹き出す男の懐から短剣が落ちた。毒を塗られた刃は曇り、この男の職業を物語る。赤黒く染まった木製の柄を己の赤で染め直しながら、荒い呼吸を繰り返す男の首に剣先を当てた。

「暗殺をなりわいとするものでしょう? 血の臭いが強すぎるのですよ、あなたは」

 初対面で顔を顰めるくらい漂っていた血臭は、男の全身に染み付いた恨みの臭いだ。心地よさすら覚え、剣先をするりと滑らせた。足元に転がる首を見ることなく、囲われた檻の獲物を見回す。砦と集落を守る塀は、今や逃走を阻む障壁だった。

「おりゃ!」

 傷ついた魔狼に振り下ろされそうな棍棒に気づき、アスタロトの風が棍棒を持つ手を切り落とす。しかし近くにいた魔熊が先に動いていた。大地に伏せた魔狼の上を、魔熊の爪が横に一閃する。その鋭い爪は大男の腹部を抉り、大量の血を吐き出させた。

「見事な連携でした」

 褒めてやり、全体の動きに目を凝らす。数匹の人族が逃げたようだが、見送る魔狼にケガはない。故意に逃がして砦が落ちたことを知らしめる気だろう。

 以前人族の領域と魔の森の間にあった「普通の森である緩衝地帯」は既に存在しない。魔の森に飲み込まれ、彼らが安心して使える木材も動物が住まう茂みも消えた。増えた領域をそのまま外へずらし、フェンリル率いる魔狼は常に最前線に立っている。

 戦闘力が強く組織戦に長けた彼らが辺境部を守ることで、人族の侵入を防ぐ役割を果たした。魔王に名付けられた『セーレ』の名を誇りにする彼らに、何か褒美が必要でしょうね。魔熊の親子が、仲良く死体を魔の森へ引きずっていく。

「さすがですね」

 巨体を生かし咥えて運んだ方が魔熊にとっては楽だ。しかし血の跡を残しながら引きずることで、戻ってきた人族に恐怖を与えることが出来る。見れば鹿や猪の魔獣達も同様に地上へ赤い道を作っていた。魔獣と分類されるが、人型を取らないだけで知能は他の魔族と変わらない。

 有能な彼らの仕事を見守り、あまり出番がないことを苦笑いで誤魔化した。部下が優秀すぎると、いずれ私の仕事がゼロになるのでしょうか。埒もない考えに浸るアスタロトの元へ、セーレが駆け戻ってきた。彼の口には獣人らしき子供が咥えられている。

「その子供は……?」

 嫌な予感がして尋ねると、セーレは子供を地面に下してから口を開いた。牙で襟を摘まんできたらしく、大人しかった子供が突然泣き出す。魔獣と同じで、獣人も首根っこを摘ままれると手足を縮めて動けなくなる本能があった。

「この子供と数人の女性が、砦の地下に囚われておりました」

 大きく溜息をつく。人族はまだこのような非道な行いを続けていたのか。想像もしなくない悍ましい実験に似た待遇を受けた被害者を救出すべく、アスタロトはセーレの案内に続いた。その直後、転移の目標地点をアスタロトの魔力に設定したルキフェルが、ベールを伴って頭上に現れる。

「あっぶなっ!」

 塔の天井にめり込むところだった。思わず声をあげたルキフェルだが、魔法陣に安全装置となる魔法文字を加えていたのでケガは免れる。咄嗟に抱き込んだベールの腕の中で、もぞもぞと頭をのぞかせた。

「ちょうどよいところに来ましたね」

 にっこり笑ったアスタロトの様子に、何か押し付けらると察した2人は苦笑いした。
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