837 / 1,397
59章 お祭りはそれでも続行
832. 好きに狩りなさい
しおりを挟む
「私が話してきます」
「どうぞ」(ご自由に)
後半を声に出さず、アスタロトは道を譲った。まだ手を伸ばそうとする蔦がうようよしているが、器用に飛び越えながら駆けていく。折角出向いたのですから、趣向を凝らした演目を見せていただきたいものです。そう独り言ちるアスタロトの元へ、魔狼が数匹駆け付けた。
「獲物を用意しましたよ」
機嫌のいい大公アスタロトの足元に、魔狼がひれ伏して鼻を鳴らした。地面に低く腹ばいになる恰好は、上位者に対し敵意がないことを示す所作だ。彼らが視線で示す先、少し離れた茂みにフェンリルのセーレが隠れていた。巨体を隠すのにぴったりな茂みを見つけた彼だが、少しして小型化して歩み寄る。
挨拶を交わし、少し待つと魔熊が茂みを揺らして現れた。続いて、鹿や豹にしか見えない魔物が次々と平伏する。ざっと100匹前後か。数を確認したアスタロトは、彼らと情報を共有した。人族の兵は何も知らされずに戦地へ投入されることも多いが、あれは無駄が多い。
末端の兵まで事情を理解していれば避けられるトラブルもあるため、人質に危険が及ぶ場合などを除いて共有してきた。魔王を騙そうとした痴れ者の処分と聞き、魔獣達に気合が入る。誰が多く獲物を仕留めるか、気が急いているようだ。
「不可視の結界を張りましょう」
10mほど後ろに結界を張ることで、彼らを透明化する。実際に透き通ったわけではなく、光の屈折率を変更する高度な魔術だった。吸血種は音や光の扱いに長けた者が多い。魔力に敏感なフェンリルを先頭に、紡錘形を取った魔獣達が列を作った。
「あ、お待たせしました。話をしてきたので村に入れます」
奇妙な言い分に、当事者だけが気づいていない。魔族との最前線の基地である村に、魔族を引き入れることを承諾させたなどあり得なかった。勇者一行の戦力である剣士が家族を預ける不自然さ、勇者を置いて剣士だけが戻ったことを疑わない砦の者……数え上げればキリがない。
この剣士を名乗る者が、剣術の心得がない事実など些末事に思えるほど……人族の行動は奇妙だった。素直に男の後ろを歩きながら、アスタロトは口を開く。あと数十歩、砦は開門されて無防備な状態に見えた。その入り口にある罠を見逃すならば。
「ああ、言い忘れておりましたが……」
見つけた罠をそのままに通過し、上から降り注ぐ氷の矢を簡単そうに爪の先で摘まんだ。微量ながらも魔力を注がれた氷は、さらに強い魔力を浴びせられて霧散する。蒸発とは違うが文字通り消えた。
「こういった罠も、あなたの嘘もすべて……バレています」
「くそっ! かかれ!!」
殺す気ではなく、魔族の中でも上位者を捕まえるつもりらしい。力関係を見誤った愚か者を無視し、ばさりと背に羽を広げた。黒いコウモリの羽の意味を、人族は知らないだろう。にやりと口元を歪めたアスタロトの右手に、愛用の剣が召喚された。
虹色の刃は魔力の塊であり、同時にアスタロトの分身でもある。
「もういいですよ。好きに狩りなさい」
狩り尽くしても、数匹残して恐怖を喧伝するも任せます。そう告げたアスタロトの命令を聞き違えることなく、フェンリルが咆哮をあげた。答えるように甲高い鹿の声が重なり、唸る熊や猪の低い声が被さる。何も見えない空中から湧いて出た魔獣に、人族は為す術もなく逃げ惑った。
「どうぞ」(ご自由に)
後半を声に出さず、アスタロトは道を譲った。まだ手を伸ばそうとする蔦がうようよしているが、器用に飛び越えながら駆けていく。折角出向いたのですから、趣向を凝らした演目を見せていただきたいものです。そう独り言ちるアスタロトの元へ、魔狼が数匹駆け付けた。
「獲物を用意しましたよ」
機嫌のいい大公アスタロトの足元に、魔狼がひれ伏して鼻を鳴らした。地面に低く腹ばいになる恰好は、上位者に対し敵意がないことを示す所作だ。彼らが視線で示す先、少し離れた茂みにフェンリルのセーレが隠れていた。巨体を隠すのにぴったりな茂みを見つけた彼だが、少しして小型化して歩み寄る。
挨拶を交わし、少し待つと魔熊が茂みを揺らして現れた。続いて、鹿や豹にしか見えない魔物が次々と平伏する。ざっと100匹前後か。数を確認したアスタロトは、彼らと情報を共有した。人族の兵は何も知らされずに戦地へ投入されることも多いが、あれは無駄が多い。
末端の兵まで事情を理解していれば避けられるトラブルもあるため、人質に危険が及ぶ場合などを除いて共有してきた。魔王を騙そうとした痴れ者の処分と聞き、魔獣達に気合が入る。誰が多く獲物を仕留めるか、気が急いているようだ。
「不可視の結界を張りましょう」
10mほど後ろに結界を張ることで、彼らを透明化する。実際に透き通ったわけではなく、光の屈折率を変更する高度な魔術だった。吸血種は音や光の扱いに長けた者が多い。魔力に敏感なフェンリルを先頭に、紡錘形を取った魔獣達が列を作った。
「あ、お待たせしました。話をしてきたので村に入れます」
奇妙な言い分に、当事者だけが気づいていない。魔族との最前線の基地である村に、魔族を引き入れることを承諾させたなどあり得なかった。勇者一行の戦力である剣士が家族を預ける不自然さ、勇者を置いて剣士だけが戻ったことを疑わない砦の者……数え上げればキリがない。
この剣士を名乗る者が、剣術の心得がない事実など些末事に思えるほど……人族の行動は奇妙だった。素直に男の後ろを歩きながら、アスタロトは口を開く。あと数十歩、砦は開門されて無防備な状態に見えた。その入り口にある罠を見逃すならば。
「ああ、言い忘れておりましたが……」
見つけた罠をそのままに通過し、上から降り注ぐ氷の矢を簡単そうに爪の先で摘まんだ。微量ながらも魔力を注がれた氷は、さらに強い魔力を浴びせられて霧散する。蒸発とは違うが文字通り消えた。
「こういった罠も、あなたの嘘もすべて……バレています」
「くそっ! かかれ!!」
殺す気ではなく、魔族の中でも上位者を捕まえるつもりらしい。力関係を見誤った愚か者を無視し、ばさりと背に羽を広げた。黒いコウモリの羽の意味を、人族は知らないだろう。にやりと口元を歪めたアスタロトの右手に、愛用の剣が召喚された。
虹色の刃は魔力の塊であり、同時にアスタロトの分身でもある。
「もういいですよ。好きに狩りなさい」
狩り尽くしても、数匹残して恐怖を喧伝するも任せます。そう告げたアスタロトの命令を聞き違えることなく、フェンリルが咆哮をあげた。答えるように甲高い鹿の声が重なり、唸る熊や猪の低い声が被さる。何も見えない空中から湧いて出た魔獣に、人族は為す術もなく逃げ惑った。
30
お気に入りに追加
4,892
あなたにおすすめの小説
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです
藤一
恋愛
消失か残留か・・異世界での私の未来は、この二つしか無いらしい・・。
残業帰りの最終電車に乗っていたら、私は異世界トリップしてしまった。
異世界に飛ばされたショックの所為か、私は自分の名前を忘れてしまう。
飛ばされた先では、勝手に「オオトリ様」と呼ばれ「繁栄の象徴」だと大切にされる事に。
戻れる可能性が高いが、万が一、戻れなかった時の為に、一人では寂しかろうと「生涯の伴侶」(複数)まで選定中。
「自分の名前を思い出せば還れるかも」と言うヒントを貰うが、それには伴侶候補たちとの交流が非常に重要らしい。
元の世界に戻る(かもしれない)私が、還る為だけに伴侶候補たちと絆を深めなきゃいけないって・・!
**********
R18な内容を含む話には※を付けております(もれている場合はお知らせ下さい)苦手な方はご注意を下さい。
じれじれなので、じれったい展開が苦手な方もご注意下さい。
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
病弱聖女は生を勝ち取る
代永 並木
ファンタジー
聖女は特殊な聖女の魔法と呼ばれる魔法を使える者が呼ばれる称号
アナスタシア・ティロスは不治の病を患っていた
その上、聖女でありながら魔力量は少なく魔法を一度使えば疲れてしまう
そんなアナスタシアを邪魔に思った両親は森に捨てる事を決め睡眠薬を入れた食べ物を食べさせ寝ている間に馬車に乗せて運んだ
捨てられる前に起きたアナスタシアは必死に抵抗するが抵抗虚しく腹に剣を突き刺されてしまう
傷を負ったまま森の中に捨てられてたアナスタシアは必死に生きようと足掻く
そんな中不幸は続き魔物に襲われてしまうが死の淵で絶望の底で歯車が噛み合い力が覚醒する
それでもまだ不幸は続く、アナスタシアは己のやれる事を全力で成す
天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます
波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。
光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。
どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。
それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。
イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。
R18には※つけます。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる