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59章 お祭りはそれでも続行

832. 好きに狩りなさい

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「私が話してきます」

「どうぞ」(ご自由に)

 後半を声に出さず、アスタロトは道を譲った。まだ手を伸ばそうとする蔦がうようよしているが、器用に飛び越えながら駆けていく。折角出向いたのですから、趣向を凝らした演目を見せていただきたいものです。そう独り言ちるアスタロトの元へ、魔狼が数匹駆け付けた。

「獲物を用意しましたよ」

 機嫌のいい大公アスタロトの足元に、魔狼がひれ伏して鼻を鳴らした。地面に低く腹ばいになる恰好は、上位者に対し敵意がないことを示す所作だ。彼らが視線で示す先、少し離れた茂みにフェンリルのセーレが隠れていた。巨体を隠すのにぴったりな茂みを見つけた彼だが、少しして小型化して歩み寄る。

 挨拶を交わし、少し待つと魔熊が茂みを揺らして現れた。続いて、鹿や豹にしか見えない魔物が次々と平伏する。ざっと100匹前後か。数を確認したアスタロトは、彼らと情報を共有した。人族の兵は何も知らされずに戦地へ投入されることも多いが、あれは無駄が多い。

 末端の兵まで事情を理解していれば避けられるトラブルもあるため、人質に危険が及ぶ場合などを除いて共有してきた。魔王を騙そうとした痴れ者の処分と聞き、魔獣達に気合が入る。誰が多く獲物を仕留めるか、気がいているようだ。

「不可視の結界を張りましょう」

 10mほど後ろに結界を張ることで、彼らを透明化する。実際に透き通ったわけではなく、光の屈折率を変更する高度な魔術だった。吸血種は音や光の扱いに長けた者が多い。魔力に敏感なフェンリルを先頭に、紡錘形を取った魔獣達が列を作った。

「あ、お待たせしました。話をしてきたので村に入れます」

 奇妙な言い分に、当事者だけが気づいていない。魔族との最前線の基地である村に、魔族を引き入れることを承諾させたなどあり得なかった。勇者一行の戦力である剣士が家族を預ける不自然さ、勇者を置いて剣士だけが戻ったことを疑わない砦の者……数え上げればキリがない。

 この剣士を名乗る者が、剣術の心得がない事実など些末事に思えるほど……人族の行動は奇妙だった。素直に男の後ろを歩きながら、アスタロトは口を開く。あと数十歩、砦は開門されて無防備な状態に見えた。その入り口にある罠を見逃すならば。

「ああ、言い忘れておりましたが……」

 見つけた罠をそのままに通過し、上から降り注ぐ氷の矢を簡単そうに爪の先で摘まんだ。微量ながらも魔力を注がれた氷は、さらに強い魔力を浴びせられて霧散する。蒸発とは違うが文字通り消えた。

「こういった罠も、あなたの嘘もすべて……バレています」

「くそっ! かかれ!!」

 殺す気ではなく、魔族の中でも上位者を捕まえるつもりらしい。力関係を見誤った愚か者を無視し、ばさりと背に羽を広げた。黒いコウモリの羽の意味を、人族は知らないだろう。にやりと口元を歪めたアスタロトの右手に、愛用の剣が召喚された。

 虹色の刃は魔力の塊であり、同時にアスタロトの分身でもある。

「もういいですよ。好きに狩りなさい」

 狩り尽くしても、数匹残して恐怖を喧伝するも任せます。そう告げたアスタロトの命令を聞き違えることなく、フェンリルが咆哮をあげた。答えるように甲高い鹿の声が重なり、唸る熊や猪の低い声が被さる。から湧いて出た魔獣に、人族は為す術もなく逃げ惑った。
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