上 下
828 / 1,397
59章 お祭りはそれでも続行

823. 報復は10年越しで

しおりを挟む
 貴族がたくさん集まる中庭から城門前へ、ぞろぞろと人が移動する。門番のアラエルやピヨも一緒に参加することとなり、魔王城の入り口にルキフェルが新たな結界を張った。結界後に外へ出た者はまた入れるが、一度も通過していない者を弾くように設計したと得意げに説明される。

「これが張られていたら、門番が要らないんじゃないかしら」

 もっともなレライエの指摘に、ルキフェルは首を横に振った。

「それは無理だよ。だって謁見に来た人が城に入れないし、客も弾き出されちゃう。何より、毎回入る人を登録して変更するのが面倒だからね」

「あとね、ピヨとアラエルが玄関にいないと寂しいじゃない」

 瑠璃竜王の説明に、リリスがにこにこと付け加えた。確かに勇者が来たときは鳳凰が威嚇すると効果が高そうだ。違う意味にとったルシファーとアスタロトが「なるほど」と納得する。互いの誤解は、それぞれに尾ひれ背びれを付けて、評価を高める結果に落ち着いた。

「かまどを作るぞ」

「出来てますぜ」

 ドワーフ連中が張り切って作ったかまどがすでに並び、机や椅子も用意されている。エルフが敷物代わりの芝を敷き詰めた前庭は、豪華な緑の絨毯状態だった。子供が靴を脱いで走り回る姿から、安全性は高いようだ。

「我が君、こちらへ」

 他より大きめの机の前で、ごろんとヤンが丸くなる。てしてしと前足が誘うため近づくと、リリスが大喜びでヤンの上に飛びついた。またソファ役を買って出たフェンリルの喉を撫で、遠慮なく毛皮に埋もれる。

「皆もこっちよ」

 ルーシアとレライエ、シトリーが呼ばれて近づき「お邪魔します」と断ってからヤンの毛皮に頬を緩める。焼肉が決まってすぐイポスに手伝いを頼んで洗ったため、薔薇の香油のよい香りがした。獣としては狩りの邪魔になる匂いだが、焼肉の間のソファとしては満点だ。

「ヤン、匂いは平気か?」

 心配して尋ねるルシファーへ、くーんと鼻を鳴らしたフェンリルは「お気遣い感謝いたします」と尻尾を振った。香油の匂いも間もなく焼肉の煙でかき消されてしまうだろう。ぶんぶん大きく振る尻尾に、興奮したピヨが抱き着いた。

「ママぁ!!」

「尻尾を噛むなと教えたであろう!」

 ばしっと叩いて躾けるヤンに、アラエルが申し訳なさそうに近づいた。ピヨの尾羽を咥えると、自分の背中に投げて受け止める。

「申し訳ない、母上殿」

「母ではないっ!」

 娘婿に噛みつく勢いで吠えたヤンに、アスタロトが生ぬるい眼差しを送る。外から自分も同じように見えている自覚はないらしい。親バカでモンスターペアレント……強者であるフェンリルと吸血鬼王はある意味同種であった。

「始めますぜ!」

 その一声に、慌ててアラエルが駆けていく。背中のピヨはすでに炎を噴いており、鳳凰の背中でなければ大惨事だっただろう。器用に背中のピヨを咥えて下すと、アラエルの指示でかまどに火を入れ始めた。離れた場所でも、火龍がかまどに火を入れる。

 今回の焼肉大会は、民も貴族も同じ場所で食べることになった。今回の海絡みの戦いで、一緒に戦った魔族の結束はいつになく強い。あちこちで鍛冶屋が持ち込んだ鉄板が熱せられ、ルキフェルが提供した海のイカは風魔法が得意な獣人やドラゴンによって、ばらばらに刻まれた。

「準備できやした!」

「あとは陛下のご挨拶だ」

 駆け付けた城下町の民は、屋台を持ち込んで場を盛り上げる。ヤンの毛皮に足を取られそうになり、こっそり魔力で浮いた魔王は、アスタロトに渡された瓶を掴んで掲げた。

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 シンプルな挨拶ながら、こういう場面で長い挨拶は嫌われる。しかもうっかり発言は長い挨拶で漏れることが多く、ルシファーは求められた最低限の役目を果たした。

「ルシファー、乾杯」

 にっこり笑うリリスの、ピンクのジュースが入ったグラスに瓶を近づけ、中身に気づいた。赤かったので、ワインだろうと勝手に思い込んだが……これは?

「アスタロト」

「はっ」

「なんだ、これは……」

「見ての通り、蛇酒です」

「うぎゃぁあああああ!」

 瓶を放り出した。透明の瓶の中に、赤黒い蛇がとぐろを巻いており、琥珀色の液体の中で揺らめいている。割れる前に受け止めたアスタロトは、肩を竦めた。

「これは10年前に陛下が仕留めた戦果ではありませんか。毒抜きして漬け込んだのはルキフェルですが、まさか部下の苦労を無にしようとなさるなんて」

 迫力満点の笑みに、ルシファーは項垂れた。間違いなく、窓からの飛び降り許可についての報復だ。今後は彼に逆らうのはやめよう、本当に本当にやめよう。硬く心に誓う魔王だが、どうせ1年もすれば忘れるのだ。懲りない魔王と、懲りて欲しい側近のやり取りは今日も平和だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

(完)結婚式当日にドタキャンされた私ー貴方にはもうなんの興味もありませんが?(全10話+おまけ)

青空一夏
恋愛
私はアーブリー・ウォーカー伯爵令嬢。今日は愛しのエイダン・アクス侯爵家嫡男と結婚式だ。 ところが、彼はなかなか姿を現さない。 そんななか、一人の少年が手紙を預かったと私に渡してきた。 『ごめん。僕は”真実の愛”をみつけた! 砂漠の国の王女のティアラが”真実の愛”の相手だ。だから、君とは結婚できない! どうか僕を許してほしい』  その手紙には、そんなことが書かれていた。  私は、ガクンと膝から崩れおちた。結婚式当日にドタキャンをされた私は、社交界でいい笑い者よ。  ところがこんな酷いことをしてきたエイダンが復縁を迫ってきた……私は……  ざまぁ系恋愛小説。コメディ風味のゆるふわ設定。異世界中世ヨーロッパ風。  全10話の予定です。ざまぁ後の末路は完結後のおまけ、そこだけR15です。 

処理中です...