822 / 1,397
58章 悪人成敗で咲く恋の花
817. 罪人を潰しましょうか
しおりを挟む
「っ、彼女を傷つけるな」
「なら武器を捨てろ」
当然のように命じられた。アベルだけなら、武器を捨てたかも知れない。しかしアミーやルーシア、イザヤが一緒なのだ。迷う仕草で唇を噛んだ。彼女の斜め後ろのルーシアが、何か魔法陣を手のひらに描いた。魔力を遮断して悟らせないようにしながら、抱っこした子狼の陰で友人を救う手を講じる。
ルーシアの青い瞳と一瞬だけ目を合わせて小さく頷き、アベルは剣を地面に突き立てた。さきほどのケガで赤く染まった手から、オリハルコンの剣が離れる。大袈裟に騒ぎながら、敵の注意を引きつけた。
「わかったよ、わかったっての。まったく……女の子を人質にするなんざ、最低の行為だぞ。わかってんのかよ」
大声で騒いで注意を引きつけるアベルに、獣人が槍を突き付ける。胸元に突き付けられた穂先が、ちくりと肌を傷つけた。シャツを抜けた鋭い金属に、しかしアベルは怯えた様子を見せない。
「なんだ? ちゃんと要求通りにしたってのに、いきなりブスッと刺しちゃうのか」
準備が整ったルーシアがひとつ息を吐いて、魔法陣を展開した。発動した魔法陣が一瞬で味方の身体を包み込む。結界や護りを得意とするルーシアは、水魔法を得意としている。魔法陣について足りない知識を補うため、複数の魔法陣を暗記した。
水魔法と相性のいい結界は一番最初に覚えたが、その応用版を先日ルキフェルから譲り受けた。水を人体の表面に添わせるイメージで、自分を含めた4人と1匹に適用する。ほっと息をついたルーシアは声を上げた。
「もういいわ」
「よっしゃ! 反撃だ!!」
血塗れの手を伸ばし、突き付けられた槍の穂先を素手でつかんだ。結界越しの感触は不思議と素手に近く、水の感じはない。しかし手のひらは切れず、傷つかなかった。
「ルカ! 結界を張ったわ」
「ありがとう!」
叫んでから魔力を手のひらに集中させる。ある程度の量が流れたら、義父の名を呼べば……その瞬間、彼女の注意は手のひらに向かっていた。喉に突き付けられた刃の感触は遠く、僅かに流れた血にも気づかない。無意識に喉の血を手で拭った。
「っ!! ルーサルカ! 無事ですか?!」
まだ呼びかける魔力が足りていないのに、目の前に美麗な顔が飛び込んだ。驚いて「お、とう、さま?」とかすれた声を上げる。その直後に、後ろにいた男をアスタロトの風が引き裂いた。無残という表現がこれ以上なく似合う。ばらばらになった犯人を呆然と振り返った。
「うわっ、すげぇ」
獣人の槍とチャンバラごっこを繰り広げるアベルが、顔をひきつらせた。離れた場所で魔法使いと向かい合うルーシアも「……すごい、のよね?」と疑問形になった。それほど圧倒的な処分方法だ。真っ赤に染まった後ろの地面を見ないフリをしたルーサルカの顎に、そっと白い手が触れた。
「この傷は……先ほどの男ですか?」
「は、はい」
いきなり触れたアスタロトの手が、傷の位置まで首を滑って動く。ざわざわする感触に首を竦めた。
「申し訳ありません、痛かったでしょうか」
少し眉じりを下げた義父に、ルーサルカは首を振って否定した。混乱して両手でぎゅっと胸元を掴んでいたが、そこで気づく。首を動かしても傷が痛くない。
「えっと」
「女性の肌に傷が残ってはいけませんから、治しました」
当たり前のように言い切られ、アスタロトの背に守られる形になったルーサルカは頬を両手で包む。義父が眩しい。魔王ルシファーを始めとして美形には慣れたつもりでいたが、今更になって照れてしまった。
「さて、我が娘を傷つけた罪人を潰しましょうか」
イザヤとアベルは顔を見合わせる。いまのセリフが文字通り「物理的に潰す」意味に聞こえて寒気が背筋を走った。
「なら武器を捨てろ」
当然のように命じられた。アベルだけなら、武器を捨てたかも知れない。しかしアミーやルーシア、イザヤが一緒なのだ。迷う仕草で唇を噛んだ。彼女の斜め後ろのルーシアが、何か魔法陣を手のひらに描いた。魔力を遮断して悟らせないようにしながら、抱っこした子狼の陰で友人を救う手を講じる。
ルーシアの青い瞳と一瞬だけ目を合わせて小さく頷き、アベルは剣を地面に突き立てた。さきほどのケガで赤く染まった手から、オリハルコンの剣が離れる。大袈裟に騒ぎながら、敵の注意を引きつけた。
「わかったよ、わかったっての。まったく……女の子を人質にするなんざ、最低の行為だぞ。わかってんのかよ」
大声で騒いで注意を引きつけるアベルに、獣人が槍を突き付ける。胸元に突き付けられた穂先が、ちくりと肌を傷つけた。シャツを抜けた鋭い金属に、しかしアベルは怯えた様子を見せない。
「なんだ? ちゃんと要求通りにしたってのに、いきなりブスッと刺しちゃうのか」
準備が整ったルーシアがひとつ息を吐いて、魔法陣を展開した。発動した魔法陣が一瞬で味方の身体を包み込む。結界や護りを得意とするルーシアは、水魔法を得意としている。魔法陣について足りない知識を補うため、複数の魔法陣を暗記した。
水魔法と相性のいい結界は一番最初に覚えたが、その応用版を先日ルキフェルから譲り受けた。水を人体の表面に添わせるイメージで、自分を含めた4人と1匹に適用する。ほっと息をついたルーシアは声を上げた。
「もういいわ」
「よっしゃ! 反撃だ!!」
血塗れの手を伸ばし、突き付けられた槍の穂先を素手でつかんだ。結界越しの感触は不思議と素手に近く、水の感じはない。しかし手のひらは切れず、傷つかなかった。
「ルカ! 結界を張ったわ」
「ありがとう!」
叫んでから魔力を手のひらに集中させる。ある程度の量が流れたら、義父の名を呼べば……その瞬間、彼女の注意は手のひらに向かっていた。喉に突き付けられた刃の感触は遠く、僅かに流れた血にも気づかない。無意識に喉の血を手で拭った。
「っ!! ルーサルカ! 無事ですか?!」
まだ呼びかける魔力が足りていないのに、目の前に美麗な顔が飛び込んだ。驚いて「お、とう、さま?」とかすれた声を上げる。その直後に、後ろにいた男をアスタロトの風が引き裂いた。無残という表現がこれ以上なく似合う。ばらばらになった犯人を呆然と振り返った。
「うわっ、すげぇ」
獣人の槍とチャンバラごっこを繰り広げるアベルが、顔をひきつらせた。離れた場所で魔法使いと向かい合うルーシアも「……すごい、のよね?」と疑問形になった。それほど圧倒的な処分方法だ。真っ赤に染まった後ろの地面を見ないフリをしたルーサルカの顎に、そっと白い手が触れた。
「この傷は……先ほどの男ですか?」
「は、はい」
いきなり触れたアスタロトの手が、傷の位置まで首を滑って動く。ざわざわする感触に首を竦めた。
「申し訳ありません、痛かったでしょうか」
少し眉じりを下げた義父に、ルーサルカは首を振って否定した。混乱して両手でぎゅっと胸元を掴んでいたが、そこで気づく。首を動かしても傷が痛くない。
「えっと」
「女性の肌に傷が残ってはいけませんから、治しました」
当たり前のように言い切られ、アスタロトの背に守られる形になったルーサルカは頬を両手で包む。義父が眩しい。魔王ルシファーを始めとして美形には慣れたつもりでいたが、今更になって照れてしまった。
「さて、我が娘を傷つけた罪人を潰しましょうか」
イザヤとアベルは顔を見合わせる。いまのセリフが文字通り「物理的に潰す」意味に聞こえて寒気が背筋を走った。
20
お気に入りに追加
4,963
あなたにおすすめの小説
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?!
異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。
#日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/08/13……完結
2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位
2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位
2024/07/01……連載開始
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる