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56章 海という新たな世界

782. 置き換えて理解します

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 珊瑚の話にそれた大筋を、ルキフェルが軌道修正する。

「カルンは後回しにして。魔の森が魔力を貸したあたりの事情がよくわからないけど」

「汚染物質の分解は、海が行ったのですか? 魔の森ではなく?」

 ルキフェルの疑問に、アスタロトも重ねる。リリスはどう説明したらいいか迷ったあと、ルシファーにお茶を強請った。

「ルシファー、青いお茶が欲しいわ」

「ああ、ハーブティだったな」

 突然の要望に不思議そうな顔をしたものの、ルシファーが収納からお茶の葉を取りだした。受け取ったアスタロトが慣れた手つきでガラスのポットを用意する。ガラスのカップを並べるルーシアが、心得たようにレモンをカットして皿に置く。

 かつてオレリアが献上し、気に入ったリリスがせがんで何回も飲んだお茶だった。青いお茶はレモンを絞ることで、色がピンク色になるのだ。

「リリス、説明は?」

「ロキちゃんならわかるでしょう? このお茶を使うわ」

 以前に行った実験を思い出したルキフェルが、ごそごそと白い粉を取り出した。そっとテーブルの端に置く。不思議そうなアスタロトやルシファーが顔を見合わせた。

「前に実験したのよ。すごくわかりやすいと思うの」

 お茶を淹れたカップをリリスが指さす。

「これが海だと思って。汚染物質がこうして流れ込むと……」

 上でレモンを絞る指先からぽたりと汁が落ちた。慌てたルシファーがハンカチを取り出して渡し、彼女の手からレモンを取り上げる。小さな魔法陣を指先で描き、その上にレモンを乗せた。幼い手が上手にレモンを絞れなかったため、専用に作った魔法陣だ。

 ぽたんぽたんと滴るレモン汁が、海と仮定したお茶に落ちていく。青いお茶はあっという間に紫になり、ピンク色になった。ここまで色が変わると酸っぱくて飲みづらい。かつてのリリスはここから蜂蜜を入れて飲んでいた。

 ルーシアが用意した蜂蜜に手を伸ばさず、リリスはお茶をかき混ぜる。

「お茶にレモンが入って、色が変わったでしょう? これと同じ現象が海に汚染物質が入ったことで起きたのよ」

 視覚から情報が入ったことで、皆が納得して頷いた。そこでルキフェルが白い粉をさらりとお茶に混ぜる。ピンク色の液体が紫になり、スプーンで混ぜると青に近い色まで戻った。

「今のはお砂糖か?」

 レライエの疑問に、ルキフェルが実験結果を伝える。

「白い粉は重曹だよ。レモンを中和したんだ。リリスが言いたかったのは、海を汚染した物質を、こうやって魔力で中和したから元に戻ったという結果だね」

 手を叩くリリスがカップを手に取るが、重曹を大量に入れたお茶は手前でルーシアに処分されてしまった。代わりに新しいカップを渡される。青いお茶がラベンダー色になるまで、魔法陣でレモンを入れてから蜂蜜で甘くして口を付けた。

「おいしい」

 久しぶりの味に頬を緩めるリリスが小首をかしげる。

「伝わった?」

 にこにこ笑うお姫様に、ルシファーが「よく理解できた」と微笑み返した。アスタロトは納得した様子で、青いお茶をそのまま味わう。少女達もそれぞれに手を伸ばし、青いお茶を楽しんだ。

「霊亀が目覚めたのはいつ頃でしょうか」

「こないだ僕達がベールの城に集まったとき、もう起きてたよ。動いたから」

 海からの使者が霊亀だとしたら、数万年前から眠り続ける彼が起きた時期が汚染のタイミングかもしれない。そう考えたアスタロトの問いに、ルキフェルは簡単そうに答えた。

 大量の罪人を処分した『4大公の大粛清』と通称名がついた事件は、魔族を震え上がらせる恐怖の記録だ。見えない場所で行われたとはいえ、人族から魔族まで幅広い罪人を処分する粛清は噂になっていた。その際に霊亀が起きていたと告げるルキフェルに、アスタロトが頷く。

「魔の森はなぜ、魔力供給を隠したのでしょうか」

 その疑問に、全員の視線がリリスへ向かう。焼き菓子をルシファーの手から食べた黒髪の少女は、鮮やかな黄金色の瞳を和らげて微笑んだ。
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