781 / 1,397
55章 海の嘆きと森の歌
776. 偽装されていたでしょう?
しおりを挟む
聞き取った内容をルキフェルが箇条書きにしていく。手元のメモ用紙はびっしりと細かな字で埋め尽くされ、情報の混乱具合が窺えた。この内容を精査してまとめる作業を文官に振り分けるアスタロトも、魔王軍の報告書を眺めるベールも、ルキフェル同様に頭を抱えていた。
皆が真剣に悩む中、けろりとしているのはベルゼビュートだけ。本能重視で生きてきた彼女は、今回の魔力を流す作業に参加しなかった。そのため、現場での不可思議な状況を体験していない。
ざわざわと近くの魔族同士での情報交換が始まり、大広間はさざ波に似た音が反響した。何を話しているか個々の内容を聞き取れないが、誰もが不安そうに推測や仮説を飲み込む。口にしたら現実になるかも知れない。得体の知れない恐怖が人々を襲っていた。
「魔の森から魔力が消えた最初の報告は、ベルゼか?」
記憶を手繰ったルシファーの問いかけに、ベルゼビュートは大きく頷いた。ピンクの巻き毛を豊かな胸元に垂らし、紺色のドレスを纏った美女にリリスが声をかける。
「ベルゼ姉さん、どうして森の魔力がないと気づいたの? 偽装されていたでしょう?」
「ええ。確かにわかりにくくしてあった……え? 偽装だったの?!」
「魔の森にルシファー達を驚かす気はなかったわ。だから森の木々が減ったと騒がれないように、偽装したはずなの」
ベールとアスタロトは部下への指示出しに忙しく聞いていないが、ルキフェルが慌てて振り向いた。向かいのベルゼビュートに近づき、状況の確認を始める。
「あの時、森の木々は見えたわ。でも透き通って魔力が感じられなくて……手を触れなかったから、その点は確かめてないわね」
影響を受けた精霊が消えかけていたため、焦ってしまって森の木々の様子を目にした通りに伝えた。あの時に手を触れていたら、偽装工作に気づけたのかもしれない。しょんぼりと項垂れたベルゼビュートが、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と呟いた。
「いや、あの場面では仕方あるまい」
己の民が傷ついた状況で、周囲の観察が疎かになるのは仕方ない。そんな状況でも、魔の森の異変に気付けたことは、精霊女王としての能力だろう。大公の中でもっとも森の機微に敏い彼女を騙すつもりだった魔の森としては、一本取られた形だった。
「ベルゼビュートが他にあの時気づいたこと、思い出せる?」
「えっと……森の音がなかったわ。葉擦れの音はするのに、鳥の声や動物の気配がないの。まるで遠くの映像だけを転写したみたい」
「転写……」
映し出した映像のようだったと表現したベルゼビュートは、気づかぬまま正鵠を射ていた。あの時、彼女の領地から森の木々は失われていたのだ。姿かたちを別の森から写したため、魔力も音も消えた。ルキフェルの出した仮説に、リリスは頷くことで肯定する。
リリスも魔の森の一部だが、常に繋がっているわけではない。知ることが出来ない情報もあり、今回は少しばかり多く情報を受け取っただけだった。
「あのね。私の持っている情報を公開するから……」
そこで意味ありげに言葉を切る。次のリリスの言葉に注目する大公と魔王へわずかに首を傾げ、少女は金色の瞳を瞬かせた。ほわりと笑顔を浮かべ、条件を口にする。
「全部終わったら、パーティーを開きたいわ。城門前や中庭で、子供も一緒に踊って楽しみたいの」
無邪気で他愛ないが、魔族好みの提案にルシファーは耳元に口を寄せて「お姫様のお望みのままに」と囁き、額と頬にキスを落とした。
皆が真剣に悩む中、けろりとしているのはベルゼビュートだけ。本能重視で生きてきた彼女は、今回の魔力を流す作業に参加しなかった。そのため、現場での不可思議な状況を体験していない。
ざわざわと近くの魔族同士での情報交換が始まり、大広間はさざ波に似た音が反響した。何を話しているか個々の内容を聞き取れないが、誰もが不安そうに推測や仮説を飲み込む。口にしたら現実になるかも知れない。得体の知れない恐怖が人々を襲っていた。
「魔の森から魔力が消えた最初の報告は、ベルゼか?」
記憶を手繰ったルシファーの問いかけに、ベルゼビュートは大きく頷いた。ピンクの巻き毛を豊かな胸元に垂らし、紺色のドレスを纏った美女にリリスが声をかける。
「ベルゼ姉さん、どうして森の魔力がないと気づいたの? 偽装されていたでしょう?」
「ええ。確かにわかりにくくしてあった……え? 偽装だったの?!」
「魔の森にルシファー達を驚かす気はなかったわ。だから森の木々が減ったと騒がれないように、偽装したはずなの」
ベールとアスタロトは部下への指示出しに忙しく聞いていないが、ルキフェルが慌てて振り向いた。向かいのベルゼビュートに近づき、状況の確認を始める。
「あの時、森の木々は見えたわ。でも透き通って魔力が感じられなくて……手を触れなかったから、その点は確かめてないわね」
影響を受けた精霊が消えかけていたため、焦ってしまって森の木々の様子を目にした通りに伝えた。あの時に手を触れていたら、偽装工作に気づけたのかもしれない。しょんぼりと項垂れたベルゼビュートが、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と呟いた。
「いや、あの場面では仕方あるまい」
己の民が傷ついた状況で、周囲の観察が疎かになるのは仕方ない。そんな状況でも、魔の森の異変に気付けたことは、精霊女王としての能力だろう。大公の中でもっとも森の機微に敏い彼女を騙すつもりだった魔の森としては、一本取られた形だった。
「ベルゼビュートが他にあの時気づいたこと、思い出せる?」
「えっと……森の音がなかったわ。葉擦れの音はするのに、鳥の声や動物の気配がないの。まるで遠くの映像だけを転写したみたい」
「転写……」
映し出した映像のようだったと表現したベルゼビュートは、気づかぬまま正鵠を射ていた。あの時、彼女の領地から森の木々は失われていたのだ。姿かたちを別の森から写したため、魔力も音も消えた。ルキフェルの出した仮説に、リリスは頷くことで肯定する。
リリスも魔の森の一部だが、常に繋がっているわけではない。知ることが出来ない情報もあり、今回は少しばかり多く情報を受け取っただけだった。
「あのね。私の持っている情報を公開するから……」
そこで意味ありげに言葉を切る。次のリリスの言葉に注目する大公と魔王へわずかに首を傾げ、少女は金色の瞳を瞬かせた。ほわりと笑顔を浮かべ、条件を口にする。
「全部終わったら、パーティーを開きたいわ。城門前や中庭で、子供も一緒に踊って楽しみたいの」
無邪気で他愛ないが、魔族好みの提案にルシファーは耳元に口を寄せて「お姫様のお望みのままに」と囁き、額と頬にキスを落とした。
20
お気に入りに追加
4,963
あなたにおすすめの小説
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?!
異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。
#日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/08/13……完結
2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位
2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位
2024/07/01……連載開始
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる