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55章 海の嘆きと森の歌

773. 全部私のせいでいいよ

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「事前に予兆はあったと思う。私が起こされたことや、霊亀が消えたのも含めて……」

 本当なら二度と起きたくなかった。愛した番に浮気されて喪い、魔王城を粉砕した記憶は残っている。レライエと婚約できなければ、また眠りに逃げたかも知れない。寿命の底が見えないから、生きるのが苦痛だった。

 なのに無理やり意識を浮上させられた。洞窟で目覚めた時の記憶は曖昧だが、何か衝撃があって叩き起こされたのは覚えている。不快な何かが身体に絡みついて、魂まで侵食されるような気持ち悪さだった。

 身振り手振りで説明し、アムドゥスキアスはぱくっと口を開けた。神妙に話を聞いていたレライエが、近くの皿に取り置いた果物を放り込む。もぐもぐと食べながら、翡翠色の尻尾を振った。

「ライが夢を見たのは、私という触媒が膝にいた為だよ。ごめんね」

 自分のせいにしていい。八つ当たりして怒って、発散したら前の彼女に戻ってくれる。そう願うアムドゥスキアスは、心底レライエに惚れていた。そこに番という運命は必要ないのだ。心が選んだ己が愛するべき人だった。

 アムドゥスキアスが触媒として、何らかの繋がりを作ってしまった。その可能性は否定できない。彼自身が無理やり起こされたなら、影響を受けやすい条件を持っていたのだから。

「異世界のモノだと思った理由を聞きたい」

 考え込みながら、ルシファーは無意識にリリスの唇に葡萄を運ぶ。もいだ実を口にいれ、リリスは咀嚼しながら皆の顔を見回した。深刻な顔をしているのに、全員が無意識に食べさせ合う状況がおかしくて、くすくす笑い出す。

「どうした?」

「だって、皆まじめなお話ししてるのに……うふふ。お互いに食べさせてるのよ?」

 指摘されて、無意識にリリスに給餌行為をしていたルシファーが、同じように笑い出した。レライエとアムドゥスキアスも顔を見合わせ、忍び笑う。深刻さが薄れた場で、リリスが切り出した。

「あのね。異世界から来たって表現、たぶん正解に近いわ。何度も人族が召喚をしたでしょう? だから日本人であるアベル達の世界と、この世界の距離は近いのよ。すごく……危険なくらい」

 魔の森の娘が口にした「危険」に、3人は嫌な予感がした。話が止まったところで、アデーレが新しい紅茶を注ぐ。カップを入れ替える仕草を見ながら、ルシファーが提案した。

「ここから先の話は、大公やリリスの側近も交えて行う。何かしらの事情を知る者がいるかも知れないな……参加できる貴族も呼ぶか」

 久しぶりに謁見の間が活躍しそうだ。軽い口調でそう告げるルシファーへ、リリスは花模様にカットされた林檎を摘んで、彼の口に放り込む。

「知恵を出し合うなら、たくさんいた方がいいわ。アデーレ、アシュタにお願いしてくれる?」

「かしこまりました」

 一礼して部屋を辞す侍女長を見送り、リリスは果物やパンが乗った大皿を引き寄せると、イチゴを大量に手にした。そっとルシファーが収納を開き、中にイチゴを流し入れる。大皿を戻したところで、声がかけられた。

「気づいておりますよ、ルシファー様」

 呼ばれて大急ぎで駆けつけた側近は、淡い金髪をかき上げながら苦笑いする。公式行事が一時中断した今朝は、髪を結わなかったのだ。彼の後ろで溜め息をつくベールも銀髪を流していた。

「緊急会議を召集して、何をしておられるのか」

「あら、いいじゃない。陛下もリリス様もイチゴが好きなのよ」

 ベルゼビュートはピンクの巻毛を指先で弄りながら、口を挟んだ。毛先の丸まり方が今ひとつ物足りない。不満そうな美女に、側近2人が呆れ顔で苦言を呈する。言い負かされる未来を予見しながら、魔王はお姫様の口にイチゴをそっと押し込んだ。
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