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55章 海の嘆きと森の歌

765. オレの望んだ世界?

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 核は『魔王』なのですね?

 尋ねるアスタロトの響きを、ルキフェルは無言によって肯定した。

 まず疑ったのは、魔の森の魔力が海へ共有されたのではないか? というもの。黒くなった海の夢も含め、動き出した切欠がカルンの存在だとしたら、海が魔の森に助けを求めた。魔の森が自らの意思で魔力を流したとしても、触れる場所から海が魔力を奪ったとしても、魔力の流れは森から海へ一方通行だ。

 魔力による浄化を行われたなら、海で消費した魔力はすぐに循環しない。世界に散る魔力は何らかの形で森に還元されるまで、空中や水中を漂うことになる。100年単位で巡る魔力は失われたまま、森は枯れた姿を晒す筈だった。

 だが魔の森に魔力が戻ったことで、ルキフェルの仮説は変更を余儀なくされる。森が奪い返した魔力は、浄化に使われる前だった。森から離れても、魔力は森の意思に従うのだろうか。

 海は浄化されなかった。だから己の眷属であり、守護獣でもある霊亀を呼び寄せたのだ。海水を通じて霊亀は海へ戻された。

「オレが核? どうしてそう考えるんだ?」

 きょとんとした顔で首を傾げるルシファーの腕に抱かれたリリスは、ふっと口遊んでいた歌をやめた。

「パパは、リリスの宝物だもん」

 退行が始まってすぐに「パパ」と呼称し、続いて赤子の頃と同じ「ルー」を多用した。それは退行が進んだことを意味している。だが今になって「パパ」に戻った上、言葉が流暢になった。回復しつつある兆しに、ルシファーの表情が明るくなる。

「リリスもオレの宝物だ」

 嬉しそうに頬擦りするリリスを抱き寄せ、優しい声を向けた。微笑ましい姿に和む周囲をよそに、アスタロトは忙しく考えを巡らせる。

 魔王ルシファーが核ならば、魔の森が命を削って守る存在だった。自らが生み出した最高傑作を溺愛する母親に近い。

 考えてみれば、辻褄は合う。ルシファーがリリスを拾う前から、ルシファーが傷つく事態は常に回避されてきた。森を害する人族を許容したのも、ルシファーが気にかけるから。

 拾ったリリスや民を守って逆凪で傷ついた後、失われた魔力をリリスを経由して補充した。誰も教えていないのに、リリスが治癒の魔法を使えた理由も同じだろう。すべては近くでルシファーを守り、孤独に生きる彼を支えるためだった。

 魔の森にとってリリスは替えの利く器だ。ルシファーを害そうとした矢の盾として使ったが、己の命を投げ出すほどルシファーは嘆いた。故に己の魔力を流し込んで、溺愛する魔王の悲しみを癒す。

 ルシファーが悲しまぬよう、彼が望む方向へ世界を導こうとする意思が、すべての行動に透けていた。あまりに強大な力を振るうため、魔王が世界の中心であることに、誰も気づかなかったのだ。

「これはオレの望んだ世界か? いや、違うな」

 ルシファーは己の発言を自ら打ち消した。純白という最強の色を纏う魔王は、長い睫毛を伏せて口元に笑みを浮かべる。

 世界など要らない。魔の森に願うのは、最愛のリリスを奪わないで欲しいということ。元の愛らしくも凛とした彼女を返して欲しいだけ。

「オレが望む世界に、黒く穢れた海はない。浄化する魔力を貸してくれ」

 ばさりと翼を広げた。黒い6枚の翼は薄く、結界に喰われた魔力は戻らない。森を守る結界を解いて、世界の6割を覆った膜を消し去った。

 ざわりと魔の森が揺れる。風もないのに音を立てる木々から、小さな光が飛び立った。
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