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55章 海の嘆きと森の歌

763. もしかして全軍か?

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 ルシファーの強大な魔力はよい目印になる。転移した魔族達は、崖の下にある村だった場所に舞い降りた。波がさらった村は木片も流され、再び打ち寄せられる無残な状況だ。ぐるりと周囲を見回し眉をひそめたのは、ルシファーだけだった。

 人族の集落があったと判断するものの、魔族に同情心はない。さんざん自分たちを苦しめた愚かな種族であり、魔王に逆らい、魔王妃を傷つけた。全滅すればいいと考える者も多い。

「海の異常のせいか」

 優しい魔王陛下は、たとえ断罪に値する人族も憐れんでおられるのだろう。多くの魔族は好意的にそう捉えたが、ルシファーの心境は違っていた。到底、お優しいと表現できる状態ではない。

 飲み込まれた人族の死体が、海の異常を増長したら困る。ただでさえ、人族は呪詛を撒き散らす迷惑な種族だった。飲み込んだ理由がわからないうちは、民を海水に触れさせない方がいいだろう。呪われてからでは遅いのだ。

 黒ずんだ海水は不気味で、波の音は普段と同じに聞こえた。打ち寄せて帰っていく波の先は白く泡立ち、魚などの生き物の気配がない。

「少し下がれ」

 指示を出し、念のために結界を張ろうとしたところへアスタロトが追い付いた。

「陛下、無理をしてはなりません」

 ルシファーを止めると自ら結界を張る。魔の森を守るための結界を継続中のルシファーが、この場限りとはいえ、新しく魔力を使って結界を張る行為は危険だ。何かあったとき、自らを守る魔力が足りなければ取り返しがつかなかった。

「悪い、助かった」

 けろりと応じるルシファーが大物なのか、ただのバカか。アスタロトは肩を竦めて溜め息を吐いた。大物であり、バカなのだ。民のために自らを犠牲にするのは当然と考えている人だから。きちんと見張らないと、このまま海に入ると言い出しかねない。

「ひとまず、海にはい……」

「入ってはなりません」

 やっぱり言い出したか。呆れながら嫌な予想を当ててしまった側近は、頭を抱えて唸る。不満そうなルシファーが「他の手があるのか?」と尋ねた。

「リリス姫も危険に晒すことになります」

 目は覚めたリリスだが、何も言わずに海を見つめている。抱き抱えたルシファーは、反論できずに考え込んでしまった。

 民や部下に「危険な海へ入って原因を探ってこい」と命じる気はない。しかし自分が入るなら、リリスを残していくのは怖い。連れて行って、何かあってから嘆くのは嫌だった。これでは八方塞がりだ。

「だが……」

 その先を口にする前に、魔王軍を引き連れたベールが到着した。精鋭どころか、ほぼ全軍集まった勢いだ。後ろの方は海が見えないのではないだろうか。

 さすがに戦ではないため、ドラゴンや変化できる魔族は人型を取っている。それでも最後尾が確認できなかった。連れてきていいと許可したが、連れてき過ぎだろう。何事にも限度があると呆れ半分で眺めるルシファーへ、ベールが一礼して膝をついた。途端に魔王軍の一団が跪く。

 ざざっ! と音が響いて、気づけばベルゼビュートが送り込んだ貴族も跪いていた。奇妙な光景になったが、立って構わないと手で示す。

 人族に領地として与えたため、海沿いは魔族が少ない。通説となった状況を覆す現状は、ある意味壮観だった。魔王城にいた魔族が半分以上駆けつけている。

「海へは、我々が参ります」

 ベールが有無を言わさず宣言する。ルシファーが反論する前に、魔王軍から歓声が上がった。自分が行きたいと名乗りを上げる声で、隣のアスタロトの声すら聞こえない。この騒ぎの中、リリスは透き通る声で歌を口遊んだ。
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