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55章 海の嘆きと森の歌

762. 海へ集え

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 カルンが、海の異常を伝える使であったとしたら? あの子供が来てから目に見えて森は魔力を失い、リリスが退行し始めた。霊亀が動き出した時期はわからないが、日本人が反応したなら……異世界の干渉も考慮した方がいいだろう。

「海へ行くぞ」

「「「承知いたしました」」」

 即位記念祭が終わったら動く予定だったが、そう悠長な事を言っている状況ではなかった。先に立ったアスタロトが一礼して中庭へ向かう。集まった貴族達にある程度の情報を共有しなくてはならない。何らかの情報や言い伝えがあれば、提供してもらう必要もあった。

 魔族では緊急時の情報共有や提供を、義務と考える。普段は表に出さない情報であっても、緊急時に出し惜しむのは愚策とされてきた。

「軍は私が率います」

「任せる」

 瞬時に役割を分担していくのは、大公と魔王の付き合いの長さ故だ。口にするのは命令系統を示すため。ルキフェルは目の前の情報を並び替え、頭脳労働に勤しんでいた。残されたベルゼビュートへ、ルシファーが命令を下す。

「希望する者を転移させよ」

「はい」

 森の魔力は戻ったが、まだ不安定だ。揺らぐ状況は精霊女王であるベルゼビュートだけでなく、魔王ルシファーも感じていた。ならば、使える魔力は己が保有するものに限られる。厳しい命令に聞こえるが、ベルゼビュートは静かに同意した。

 希望する魔族はすべて連れていく。それが魔王として示せる誠意であり、彼らの権利を尊重する行為なのだ。すやすやと眠るリリスの額にキスを落とし、黒髪を手早く編み上げた。三つ編みにした髪を絡めて髪飾りで留める。ほつれないよう魔法陣で固定した。

「先に行くぞ」

 魔王城を守る魔法陣の上で転移魔法が使えるのは、ルシファーとリリスのみ。足元に浮かんだ魔法陣へ、小型化したヤンが飛び乗った。さりげなくイポスがヤンの隣に滑り込む。護衛を連れて、ルシファーが姿を消すと……少女達は慌ただしく準備を始めた。

「収納の中身をすべて出して!」

「必要な物はあとで取りに来てもいいわ」

「準備して中庭に集合よ」

 あたふたと自室へ駆け戻り、己の収納魔法から不要な物をそぎ落とす。魔力の消費量を少しでも減らすためだ。以前の教育が身についた彼女らは、最低限必要と思う武器や道具を手に集まった。収納魔法は使わず、手に持てる分量のみに限る。

 弓と矢筒を掴んだシトリーはズボン姿だ。ルーサルカやレライエも同様だった。ルーシアは遠方からの魔法援護に徹するため、着替えずにスカートのままだ。

「ルカ、魔力は足りそう?」

 カルンを抱いたルーサルカは、尻尾を揺らしながら頷いた。転移する先を確認してきたルーシアが、手にした魔法陣を足元に転写する。

「行き先はこれ、魔力を注げば動くようにしてもらったわ」

 ベルゼビュートにもらった魔法陣を確認したシトリーが、魔力量を計算して頷く。これなら足りそうだ。ルキフェルが改良した魔法陣は、効率重視仕様だった。少女達が魔力を合わせれば往復できるだろう。

「おれたちも同行していいか?」

「お願い。行かなくちゃいけないの」

 アベルとアンナが声をかける。後ろにイザヤも控えていた。オレリアやエルフと一緒に魔王城へ戻ったが、何か胸騒ぎが消えない。どうしても海辺の状況を確認したかった。それをどう説明したものか、言葉が上手に選べずアンナは唇を噛む。

 顔を見合わせた少女達に、レライエに抱かれた翡翠竜が声を上げる。

「魔力は私が供給するから心配しないで。魔族なら本能の警告は無視してはいけないよ」

 さりげなく日本人を魔族の枠に入れて語るアムドゥスキアスが、自慢の尻尾を左右に振った。森で生きてきた魔族は、本能が発する警告や違和感を重視する。この世界で生きると決めた彼らへ、翡翠竜は仲間の意見を尊重すると告げた。

「それなら一緒に行こうか」

 古代竜であるアムドゥスキアスが転移に必要な魔力供給を担当するなら、途中で魔力不足で放り出される心配はない。安心した少女達は頷き、レライエも声にだして同調した。

「魔法陣を大きくするよ」

 トカゲの小さな手を伸ばして空中で引っ張る仕草をすると、魔法陣が平均に拡大された。その上に全員が乗ったのを確認し、翡翠竜は転移を起動させる。少女達が消えた中庭で、ベルゼビュートも慣れた作業で次々と魔族を海辺へ送り込んだ。
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