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55章 海の嘆きと森の歌
761. 鶏が先か、卵が先か
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集まった情報を並べて、ルキフェルは考え込んだ。食事を終えたテーブルに広げた地図の横に、メモ書きが散乱している。今回の騒動を示す単語を書き散らしたメモを、拾っては置いて並べ直すルキフェルは水色の瞳を細めて唸った。
「陛下、ただ今帰りましたわ……ひっ」
ノックもせずにするりと入ってきたベルゼビュートは、睨みつけるベールに気づいて数歩バックした。ドアをそっと閉じたあと、ノックして入室の許可を求める。苦笑いして許可したルシファーの視線の先で、彼女は足音を殺して入ってきた。
思い出したように足早に近づき、テーブルの地図の一点を指さす。そこは魔の森が海に接して突き出した崖の上だった。
「さきほど、ここで海の水を採取しましたの。何か不気味な感じがしました」
告げながら、結界で包んだ海水を収納から取り出す。簡単そうに行っているが、一般の魔族には無理な芸当だった。水を隔離する魔力の膜を結界として機能させ、継続したまま収納する。必要とされる魔力量より、魔力を制御して操る技術やセンスが重要だった。
驚いて顔を見合わせる少女達と違い、大公や魔王に驚きはない。彼らにとって珍しくない技術なのだ。ベルゼビュートが空中に浮遊させた海水を灯りに透かして眺めたルキフェルは、大きめの容器を引っ張り出した。それを足元に置いて「ここに入れて」と簡単そうに告げる。
頷いたベルゼビュートが球体を移動させて、容器の上で結界を解除した。流れ込んだ海水がたぷんと縁まで満たされる。揺れる水の色は黒く、灯りが反射してより暗く見えた。
「どの辺の海水?」
「波打ち際よ」
砂浜に降りた理由が少し気になったアスタロトだが、何も追求しなかった。彼女から漂う血の匂いも気づかないフリでやり過ごす。ベールが危険だと注意するより早く、ルキフェルは無造作に海水に手を浸した。
「何だろう……変な感じがする」
形容しがたい不快感が指先を包む。得体の知れないものが混じった海水に濡れた手を嗅いでみるが、特に異常な臭いはない。感触そのものが気持ち悪いのか、混じった何かが不快感の原因か。判断できずにルキフェルは首をかしげた。ベールがルキフェルの手を丁寧に拭う。
手際よくお茶を用意したアデーレが、テーブル横のワゴンへカップを並べた。作業中のテーブルに置くと手が触れて落とす可能性がある。テーブルの延長となるよう高さを調整したワゴンを置いて、彼女は部屋を辞した。ルシファーやリリスが居室として使用する部屋の準備を整えるためだ。
うとうとと眠りの縁にいるリリスが、はふんと欠伸をした。きちんと両手で口元を隠しているが、目元を擦ろうとしてルシファーが止める。
「擦ると痛くなるぞ」
「うん……」
頷くものの、リリスはまた目を閉じた。そのまま眠ってしまいそうだ。それ以上何も言わないルシファーは、眺めていた情報のメモを並び替えた。
じっと見つめてから変更し、また元に戻す。そんな作業を数回繰り返し、納得した様子で指摘した。
「順番がおかしい。時系列で判断するから理解できないんじゃないか? レライエの夢の話を過去に起きた現実と仮定する。魔の森の異常があったから海が変化したのではない。海が黒く濁って穢れたため、魔の森が魔力を使って清浄化したと考えれば……簡単だ」
はっとした様子で並べられたメモを確認し、ルキフェルは新しい紙にさらさらと記した。
まず、魔の森から魔力が消えた。次に人族が攻めてきて、霊亀が動く。海沿いの森から魔力が奪われたことから、海が関係しているのは間違いなかった。
海水が原因と考えるなら、魔の森は対処しただけだ。森の異常より前に、海に変化が起きた。だから海を元に戻すために、森は己の魔力を放出したのだ。その範囲が、魔族やルシファーたちが想像するより広かった――そう仮定すれば、問題を解決する鍵は海だった。
「陛下、ただ今帰りましたわ……ひっ」
ノックもせずにするりと入ってきたベルゼビュートは、睨みつけるベールに気づいて数歩バックした。ドアをそっと閉じたあと、ノックして入室の許可を求める。苦笑いして許可したルシファーの視線の先で、彼女は足音を殺して入ってきた。
思い出したように足早に近づき、テーブルの地図の一点を指さす。そこは魔の森が海に接して突き出した崖の上だった。
「さきほど、ここで海の水を採取しましたの。何か不気味な感じがしました」
告げながら、結界で包んだ海水を収納から取り出す。簡単そうに行っているが、一般の魔族には無理な芸当だった。水を隔離する魔力の膜を結界として機能させ、継続したまま収納する。必要とされる魔力量より、魔力を制御して操る技術やセンスが重要だった。
驚いて顔を見合わせる少女達と違い、大公や魔王に驚きはない。彼らにとって珍しくない技術なのだ。ベルゼビュートが空中に浮遊させた海水を灯りに透かして眺めたルキフェルは、大きめの容器を引っ張り出した。それを足元に置いて「ここに入れて」と簡単そうに告げる。
頷いたベルゼビュートが球体を移動させて、容器の上で結界を解除した。流れ込んだ海水がたぷんと縁まで満たされる。揺れる水の色は黒く、灯りが反射してより暗く見えた。
「どの辺の海水?」
「波打ち際よ」
砂浜に降りた理由が少し気になったアスタロトだが、何も追求しなかった。彼女から漂う血の匂いも気づかないフリでやり過ごす。ベールが危険だと注意するより早く、ルキフェルは無造作に海水に手を浸した。
「何だろう……変な感じがする」
形容しがたい不快感が指先を包む。得体の知れないものが混じった海水に濡れた手を嗅いでみるが、特に異常な臭いはない。感触そのものが気持ち悪いのか、混じった何かが不快感の原因か。判断できずにルキフェルは首をかしげた。ベールがルキフェルの手を丁寧に拭う。
手際よくお茶を用意したアデーレが、テーブル横のワゴンへカップを並べた。作業中のテーブルに置くと手が触れて落とす可能性がある。テーブルの延長となるよう高さを調整したワゴンを置いて、彼女は部屋を辞した。ルシファーやリリスが居室として使用する部屋の準備を整えるためだ。
うとうとと眠りの縁にいるリリスが、はふんと欠伸をした。きちんと両手で口元を隠しているが、目元を擦ろうとしてルシファーが止める。
「擦ると痛くなるぞ」
「うん……」
頷くものの、リリスはまた目を閉じた。そのまま眠ってしまいそうだ。それ以上何も言わないルシファーは、眺めていた情報のメモを並び替えた。
じっと見つめてから変更し、また元に戻す。そんな作業を数回繰り返し、納得した様子で指摘した。
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