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54章 世界の終わりにも似て
758. ぎりぎりで保つ均衡
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リリスが赤子に戻ったのは、命の危機に瀕したあの時だけ。死にかけたリリスを助けようと、ルシファーが世界から吸い上げた魔力を流し込んだあの日、リリスは拾ったばかりの頃と同じ赤子に戻った。魔の森から強制的に魔力を奪った時に若返ったのだ。
今の状況との共通点は――魔の森の魔力が絶対的に不足している状況。前回は森の半分近くを立ち枯れ状態にしたが、今回も4割近くの魔力が失われた。状況から判断すれば、もう少し魔力が失われたら、退行したリリスの外見も幼く縮むのではないか?
思いついた仮説をアスタロトにぶつけると、彼は相槌を打ちながら考え込んだ。魔の森の異変の少し前からリリスの言動が不安定になったこと、魔力が失われた直後から幼くなった事実。仮説を否定する材料がなかった。
「ルー」
「どうした?」
優しい声で尋ねれば、金の瞳を瞬かせるリリスはぱっと口を開いた。ひとまず料理が届くまでの繋ぎに、収納から取り出した焼き菓子を割って入れる。もぐもぐと咀嚼する姿は、いつもと変りなく見える。外見に変化がないからこそ、今の状態がぎりぎりの均衡の上に成り立つ気がして怖かった。
失った時間を取り戻そうとした矢先に起きた事件は、ルシファーをひどく臆病にする。自分を傷つけられるのなら耐えられるし、我慢も出来た。しかし自分より大切にする少女に降りかかる災いなら、身代わりを申し出ても足りないと思う。
「あー」
割った残りも欲しいと口を開くリリスへ、穏やかな笑みを浮かべて指先で菓子を運んだ。「あーん」が言えなかった頃を懐かしく思い出す。黒髪を撫でて食べ終わるを待つルシファーへ、リリスはまた口を開いた。
鳥類の雛に似た仕草は可愛いが、これ以上食べさせると食事を残してしまう。急いで調理してくれるイフリート達のことを考え、躊躇した。
「ルー」
「もう少ししたらスープも来るから、我慢しようか」
むっとした顔で唇を尖らせるが、少し考えてから頷く。我慢しなさいと言えば反発するリリスだが、出来るかと尋ねれば自分で考えて答えを出す。こういう本質は幼くなっても、成長しても変わらないようだ。リリスは幼い頃と違い長い腕をするりと首に絡め、ルシファーを引き寄せた。
大人しくされるままになっているルシファーへ、リリスはちゅっと音を立てて頬に唇を当てる。無邪気にくすくす笑う姿が、悪戯が大好きだった幼女時代と重なった。
「魔王陛下、アスタロト様……あの」
おずおずと口を開いたのは、レライエだった。確証がない仮説なので、話すことに躊躇いがある。ましてや夢は不確かな情報で、気のせいと迷いながらも最後まで説明した。青かった水が白く濁り、黒く汚れた景色とその後の恐怖に至るまで。
「色の話に反応したのは、そのせいでしたか」
新たな情報に唸るアスタロトが再び考え込む。リリスに髪を引っ張られるルシファーがレライエを手招き、近くで膝をついた彼女のオレンジの髪を優しく撫でた。
「助かった。言いづらかっただろう? ありがとうな、レライエ」
「い、いいえ」
まさか夢の話を褒められると思わず、レライエは慌てて数歩下がる。そこへ食事が到着し、ルーシアとルーサルカが配膳の手伝いを始めた。アデーレが侍女を指揮して、あっという間に並べられる。大量のフルーツを中心に、軽食に近いメニューが並んだ。
夕食と考えれるとかなりシンプルだが、リリスは目を輝かせた。ルシファーの髪を掴んだ右手ではなく、左手で果物を指さす。
「あれ」
「ん? 取ってやるから少し……ま……」
待てと言い切る前に、リリスは指さした葡萄を引き寄せた。
今の状況との共通点は――魔の森の魔力が絶対的に不足している状況。前回は森の半分近くを立ち枯れ状態にしたが、今回も4割近くの魔力が失われた。状況から判断すれば、もう少し魔力が失われたら、退行したリリスの外見も幼く縮むのではないか?
思いついた仮説をアスタロトにぶつけると、彼は相槌を打ちながら考え込んだ。魔の森の異変の少し前からリリスの言動が不安定になったこと、魔力が失われた直後から幼くなった事実。仮説を否定する材料がなかった。
「ルー」
「どうした?」
優しい声で尋ねれば、金の瞳を瞬かせるリリスはぱっと口を開いた。ひとまず料理が届くまでの繋ぎに、収納から取り出した焼き菓子を割って入れる。もぐもぐと咀嚼する姿は、いつもと変りなく見える。外見に変化がないからこそ、今の状態がぎりぎりの均衡の上に成り立つ気がして怖かった。
失った時間を取り戻そうとした矢先に起きた事件は、ルシファーをひどく臆病にする。自分を傷つけられるのなら耐えられるし、我慢も出来た。しかし自分より大切にする少女に降りかかる災いなら、身代わりを申し出ても足りないと思う。
「あー」
割った残りも欲しいと口を開くリリスへ、穏やかな笑みを浮かべて指先で菓子を運んだ。「あーん」が言えなかった頃を懐かしく思い出す。黒髪を撫でて食べ終わるを待つルシファーへ、リリスはまた口を開いた。
鳥類の雛に似た仕草は可愛いが、これ以上食べさせると食事を残してしまう。急いで調理してくれるイフリート達のことを考え、躊躇した。
「ルー」
「もう少ししたらスープも来るから、我慢しようか」
むっとした顔で唇を尖らせるが、少し考えてから頷く。我慢しなさいと言えば反発するリリスだが、出来るかと尋ねれば自分で考えて答えを出す。こういう本質は幼くなっても、成長しても変わらないようだ。リリスは幼い頃と違い長い腕をするりと首に絡め、ルシファーを引き寄せた。
大人しくされるままになっているルシファーへ、リリスはちゅっと音を立てて頬に唇を当てる。無邪気にくすくす笑う姿が、悪戯が大好きだった幼女時代と重なった。
「魔王陛下、アスタロト様……あの」
おずおずと口を開いたのは、レライエだった。確証がない仮説なので、話すことに躊躇いがある。ましてや夢は不確かな情報で、気のせいと迷いながらも最後まで説明した。青かった水が白く濁り、黒く汚れた景色とその後の恐怖に至るまで。
「色の話に反応したのは、そのせいでしたか」
新たな情報に唸るアスタロトが再び考え込む。リリスに髪を引っ張られるルシファーがレライエを手招き、近くで膝をついた彼女のオレンジの髪を優しく撫でた。
「助かった。言いづらかっただろう? ありがとうな、レライエ」
「い、いいえ」
まさか夢の話を褒められると思わず、レライエは慌てて数歩下がる。そこへ食事が到着し、ルーシアとルーサルカが配膳の手伝いを始めた。アデーレが侍女を指揮して、あっという間に並べられる。大量のフルーツを中心に、軽食に近いメニューが並んだ。
夕食と考えれるとかなりシンプルだが、リリスは目を輝かせた。ルシファーの髪を掴んだ右手ではなく、左手で果物を指さす。
「あれ」
「ん? 取ってやるから少し……ま……」
待てと言い切る前に、リリスは指さした葡萄を引き寄せた。
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