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54章 世界の終わりにも似て

751. 金色の瞳が見つめる先

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 本当は誰にも言わない方がいいのではないか? 視線を逸らしたレライエに、誰も急かすことはなかった。ただじっと待つ。その信頼に負けた形で、レライエは言葉を選んだ。

 話すことを迷う原因は、夢の中に出てきた巨大な魚にあった。

 水の中を泳ぐ魚は、鱗きらめく優美な姿をしている。水という物質の中を進むために、抵抗を少なく進化したからだ。それは空を舞う種族も同じだった。風の抵抗を減らすため、鱗や毛皮はどこまでも滑らかになる。無駄を削いだ美しい姿をしていた。

 自然の造形は、創り出された無駄のない美しさを持っている。なのに、あの魚は違った。表面にうねうねと漂う何かが生えている。悍しい蠢く黒い何かが、海を汚した。

 陽光が遮られた海底は暗く、寒く、どこまでも痛かった。その上黒く汚されてしまえば、呼吸すら阻害される。窒息する苦しさを思い出し、震える喉をごくりと鳴らした。

「あの黒い何かが怖い」

 寝ている間に闇に引き摺り込まれる気がする。逃げられないのではないか。そんな恐怖が全身を締め付けて、握り締めた指先が冷たくなった。

 そっと……温もりが触れる。顔を上げると、膝の上によじ登った翡翠竜が、小さな身体で拳を温めていた。一番体温が高い腹を押し付け、尻尾で包むようにして。

 爬虫類と同じく、ドラゴンは変温動物だ。魔力で自分の周囲の温度を操ることは可能だが、極端に気温が下がる場所を嫌う。そのため氷や吹雪を好む竜はごく少数の亜種だけだった。

 腹は一番体温が高いが、冷やすと回復に時間と魔力を必要とする。そんな大切な場所を、指先を温めるために使うアムドゥスキアスに、レライエの強張っていた顔が和らいだ。きつく握った手を解いて、翡翠の鱗を撫でる。

「ありがとう、アドキス」

「こちらこそ。話してくれてありがとう。ライ、君が怖がる闇も冷たさも、私は寄せ付けたりしないよ」

 守ってあげると告げる古代竜は得意げに喉をそらせた。無防備に急所を晒した婚約者に、くすくすと笑いが漏れる。

「……なぜかしら、少しだけ腹立たしいわ」

 ルーサルカがぼそりと呟けば、今度は顔を見合わせたルーシアとシトリーが笑い出した。先ほどの悪夢の告白で暗くなった室内が、一気に明るくなる。

「ん……」

 笑い声で起きたリリスが目蓋を擦るが、シトリーが手首を掴んでやめさせた。目元が腫れてしまう。立ち上がったルーシアが、代わりに湿らせたハンカチを手渡した。

「どうぞ」

「ありがとう、助かるわ」

 ルーシアに答えたシトリーが受け取り、リリスの目元を優しく拭った。大人しく拭かれたリリスは、ゆっくり目を開く。

「リ、リス様!?」

「え? どうして!」

 突然叫んだシトリーとルーシアに、振り返ったルーサルカとレライエが息を飲んだ。あり得ない現象に、叫びが漏れる。

「嘘っ!」

「大変だ」

 取り乱した少女達の目に映るのは、リリスが不思議そうに首をかしげる姿だった。可愛らしい顔だち、白い肌、黒髪……ここまで同じなのに、彼女の大きな目は金色。美しい紅石の色を宿した瞳は、きらきらと光を弾く金瞳に変わっていた。

「ま、魔王陛下にお知らせしなければ」

 慌てて立ち上がるルーシアだが、ドレスの裾を掴んだリリスが「どちたの?」と舌っ足らずに話した声に、混乱して泣き崩れた。ベッド脇に崩れるように伏してしまった仲間を、慌てて抱きとめたシトリーも焦っている。

 3歳前後まで退行したと聞いていたが、今の話し方はさらに幼い。成長し直した彼女を知るから、退行していく未来を想像して恐怖した。もしかしたら、赤子にまで戻ってしまうのだろうか。見た目は自分たちと同じなのに、中身だけ?

 魔王ルシファーは、それでもリリスを受け入れるだろう。あの方は誰より姫を愛している。だから拒絶される心配はないけれど、魔王の愛情深さを知るからこそ、ただ心が痛かった。
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