上 下
738 / 1,397
54章 世界の終わりにも似て

733. 魔の森の異常事態

しおりを挟む
 慌て過ぎて、ドレスの裾に躓いたベルゼビュートが、乱れた髪をかき上げながら肩で息をする。昼間のうちに領地へ一度戻る予定だったが、転移した中庭から走ってきたのだろう。ヒールの高い靴を引っ掛けたドレスを乱暴に引っ張った。

「魔力が喪失して! 魔の森が……枯れていますの!!」

「「は?」」

「なにそれ」

 ハモったアスタロトとルシファー、続いてルキフェルが声をあげた。理解が追いつかず、顔を見合わせる。

 魔の森が枯れる事象は稀にだが起こる。原因は火事や人族による伐採などが多かった。木々が枯れると周囲の魔力を強制徴収して復活する。それこそが魔の森の由来だった。魔力を喰らう森であり、魔族を生み出す森――それが魔の森だ。

 精霊女王である彼女が理解していないわけがない。魔の森が大きく損なわれたのは、最近だとリリスが死にかけて、ルシファーが世界から魔力をかき集めた時くらいか。

 世界を維持する魔力を流出させた魔法陣も消し去り、今の魔の森は安定しているはずだ。事実、魔力が足りているから人狼が復活したのだろう。リリスを今の少女に成長させたのも、森の魔力が満ちたことを意味した。

「枯れると困るの?」

 驚くようなことを言うリリスに、顔を見合わせた3人と飛び込んだ1人が凝視した。アデーレも準備中のドレスを手に固まっている。

「リリス?」

 魔の森の子供であり分身であるリリスが、なぜそんな発言をするのだろう。全員の意見が一致するが、ルキフェルが焦った様子でリリスに駆け寄った。首をかしげる黒髪の少女の額にそっと手を触れ、次に手を取って顔を覗き込む。

「……リリスが、冷たい?」

 呆然としたルキフェルが漏らした声に、焦ったルシファーが立ち上がる。装着予定のお飾りが幾つか落ちるが、無視してリリスの前に歩み寄った。大急ぎで膝をつく。正装のローブが床に触れた。

 リリスの顔色は悪くない。普段と同じ透き通るように白い肌をしていた。黒髪も赤い瞳もいつもと変わらなく思える。

 ルキフェルが触れていた手を受けると、ひやりと冷たかった。氷を掴んでいたように冷えた指先、きょとんとした顔のリリスは自分からルシファーの肌に手を伸ばす。

「っ……」

 驚くほど冷たい指先が頬を滑り、リリスは目を見開いた。

「ルシファーもロキちゃんも熱があるわ」

 彼女が勘違いするのも無理はない。これだけ末端が冷えていたら、ルシファー達の肌は熱く感じられるだろう。ルキフェルと同じように頬や額に触れるが、指先ほどは冷たくない。

「な、なに? どうしたのよ」

 怖くなったのか、困惑した様子で見回すベルゼビュートが駆け寄った。しかしアスタロトに止められる。首を横に振るアスタロトの行為に、今はルキフェルやルシファーに任せるのがいいと判断し、ベルゼビュートはひとつ溜め息を吐いた。

 それから部屋に部外者がいた事に気付く。今更ながら小声になり、アスタロトに状況を説明する。

 領地の精霊達を今夜の星降り祭りに同行させるため、休みを取って森の奥へ戻った。ところが迎えに出る精霊はほとんどなく、姿も薄くなり消えそうだった。慌てて触れた精霊に魔力を注いで応急処置を行いながら顔を上げると、正面の森が枯れ行くのが見える。

 いわゆる立ち枯れとは違う。見た目は緑の木々が存在しているのに、中身が消えたように魔力が消失して、ただの樹木へ変貌していく。語りかけても木々はなにも応えず、まるで命がない幻影のようだった。

 恐ろしさに精霊をかき集めて転移した。己の魔力が届く範囲を魔法陣で固定して中庭へ送った精霊は、あの森に棲まう数の半数にも及ばない。

「あたくしだけでは魔力が足りないの! 魔王軍か大公の派遣を、精霊女王の名において緊急要請するわ。あたくしの精霊たみを助けて!」

 泣きそうな声で大公としての権限を口にしたベルゼビュートは、ひゅうと喉を鳴らして大きく吸い込んだ息を吐いた。魔力を使い過ぎて青ざめた顔色で、ふらふらと立ち上がる。

「ベルゼビュート、今は動かない方が」

「精霊達を癒さないと……あの子達にはあたくししか頼る相手がいないのよ」

 ぽろりと涙をこぼし、止めたアスタロトの手を振り払う。背筋を伸ばし、乱れた巻き毛を揺らして歩き出した。その背中に滲んだ想いが、形となって見える気がする。女王の責任を果たそうとするベルゼビュートは、重い身体を引きずって中庭へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...