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51章 海からの使者
701. 魔王が名付ける弊害
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海の底に沈んでいた。誰もいなかった。名を呼ぶ人も知らない。気づいたら海の外にいて、城の廊下を歩いていた。海からの距離もわからない。親や兄弟はいないという。
まとめたところ、こんな内容だった。言葉を話し始めたのも、城内の会話を聞いて覚えたらしい。そのため単語がわからずに、質問が中断することがあった。身振り手振りで伝えてくる子供は、浄化の魔法で手足を綺麗にしたが、お風呂は嫌がったという。
「海の中にいたなら、水は平気だろう」
ルシファーの呟きに、リリスが反応した。
「もしかして、温かいからダメ? 冷たいお水なら入るかもしれないわ」
「さすがリリスだ」
海の温度は季節で多少変動するが、冷たいのが一般的だ。海の底で生活する表現の意味が正確にわからないが、お湯が嫌いな可能性は考えられた。
もぐもぐと頬張った肉を咀嚼し、汚れた手を気にせず唐揚げをつかむ。必死に食べ物を口に入れる姿は、拾われた子特有のものだった。食べ物が目の前にあると、とにかく口いっぱいに頬張ってしまう。食べられるときに食べないと! そんな必死の思いが滲んでいた。
恥ずかしいような、懐かしいような気持ちでルーサルカが見守る。時々手を拭いて、汚れた口元をぬぐって飲み物を差し出した。拾われてすぐの頃、アデーレがしてくれたように。
衣服と呼ぶには隙間の多い、布に穴をあけて被ったような姿は何とかしてやりたい。ルシファーは、この子供を保護するつもりだった。ごわごわに固まっていた髪は、ルーサルカが解した。それでもまだ硬そうだ。
「名前はどうする。養親がつけるものか?」
レライエの素朴な疑問に、膝の上で背中をさする翡翠竜が首をもたげた。先ほど鱗を剥いだ際に痛くて泣いたので、目元がほんのり赤い。届かない短い手で背中を摩る姿が可哀そうで、レライエが優しく撫でていた。
「魔王様が名付けたら、それだけで養親がきまりそうだね」
婚約者の優しい手の温もりに、あと数枚なら剥いでもいい……と危険な思考に尻尾を揺らすアムドゥスキアスの言葉に、ルキフェルが指摘した。
「それは危険。ルシファーが名を付けたら、その子は預けられない」
今までルシファーが名付けを行った相手は、貴族だったり養い子だ。貴族はそれなりの実力者が多い上、戦闘能力や交渉力が高くやっかみに対応することができた。養い子もアスタロトやベールが預かって育てたため、大公の権限により守られる。
しかしただの養子縁組となり城を出すなら、子供にルシファーが名付けるのは難しい。後で騒動の原因になると告げるルキフェルに、ベールも賛同した。
「危険です。我々が名付ける方が……」
「それなら、私が名前を考えるわ!」
はいはいっ! 勢いよく立ち上がり手を挙げたリリスに、アスタロトが笑顔でお断りを入れる。
「話を聞いていましたか? ルシファー様やリリス様が名付けたら、やっかまれて子供がひどい目に合いますよ。だいたい、お2人とも名付けのセンスが悪すぎます。この子供のためを思うならおやめなさい」
おやめくださいの要請ではなく、おやめなさいと切り捨てた。しょんぼりしながら席に座るリリスへ、慰めるようにルシファーが甘いパンを差し出す。
「あーんして」
「あーん」
しょげた主の姿に抗議しようと立ったルーシアだが、何も言わずにすとんと座った。食べさせ合う2人の様子から、尾を引く事例ではないと判断する。その姿勢に高評価を与えるアスタロトは、満足そうに頷いた。少女達が自分で考え行動するたび、大公による評価が行われている。
現在時点で、彼女らに大きな過失はなかった。このまま成長すれば、奔放すぎるリリス姫の盾として頑張ってもらえそうだ。物理的な盾は不要だが、自由すぎる彼女の言動をサポートして方向修正する意味で、側近は必要不可欠だった。
ルシファーの側近として苦労したからこそ、彼女らへの評価は厳しめに行うのだ。
「子供の名は……そうですね。ルーサルカ、あなたが考えるといいでしょう。懐いていますから」
「え? わかりました」
驚いたルーサルカだが、すぐに嬉しそうに了承した。いつの間にか椅子から膝の上によじ登ってきた子供の髪を撫でて、顔を覗き込む。
大きな瞳は、深い紫色だ。黒に間違うほど色が濃い髪と瞳だが、肌の色は美しいピンク系の明るい色をした可愛らしい顔立ちの子供に、ルーサルカはいくつか名を並べた。
「カルン、クルス、パズス……どれがいい?」
思いついた名に、子供は首をかしげた後「カルン」を選んだ。
「お義母様、引き取るっていうわよね」
先ほどのアデーレの勢いを思い出したルーサルカの呟きに、アスタロトが肩を落とした。
「嫌な予言をしないでください」
珍しいアスタロトの姿に、ルシファーとリリスは目を瞬かせて場を読まない発言をする。
「アデーレはいいお母さんよね」
「そうだな。アスタロトのお嫁さんには勿体無い」
「……余計な発言をすると、痛い目を見せますよ?」
痛い目を見るのではなく、見せると脅された魔王は慌てて首を横に振って発言を撤回した。この辺りの素早さは鍛えられている。きょとんとした顔のリリスより経験を積んでいた。
「撤回してお詫びする……リリス、あーん」
誤魔化すようにリリスの口に唐揚げを運んだ。
まとめたところ、こんな内容だった。言葉を話し始めたのも、城内の会話を聞いて覚えたらしい。そのため単語がわからずに、質問が中断することがあった。身振り手振りで伝えてくる子供は、浄化の魔法で手足を綺麗にしたが、お風呂は嫌がったという。
「海の中にいたなら、水は平気だろう」
ルシファーの呟きに、リリスが反応した。
「もしかして、温かいからダメ? 冷たいお水なら入るかもしれないわ」
「さすがリリスだ」
海の温度は季節で多少変動するが、冷たいのが一般的だ。海の底で生活する表現の意味が正確にわからないが、お湯が嫌いな可能性は考えられた。
もぐもぐと頬張った肉を咀嚼し、汚れた手を気にせず唐揚げをつかむ。必死に食べ物を口に入れる姿は、拾われた子特有のものだった。食べ物が目の前にあると、とにかく口いっぱいに頬張ってしまう。食べられるときに食べないと! そんな必死の思いが滲んでいた。
恥ずかしいような、懐かしいような気持ちでルーサルカが見守る。時々手を拭いて、汚れた口元をぬぐって飲み物を差し出した。拾われてすぐの頃、アデーレがしてくれたように。
衣服と呼ぶには隙間の多い、布に穴をあけて被ったような姿は何とかしてやりたい。ルシファーは、この子供を保護するつもりだった。ごわごわに固まっていた髪は、ルーサルカが解した。それでもまだ硬そうだ。
「名前はどうする。養親がつけるものか?」
レライエの素朴な疑問に、膝の上で背中をさする翡翠竜が首をもたげた。先ほど鱗を剥いだ際に痛くて泣いたので、目元がほんのり赤い。届かない短い手で背中を摩る姿が可哀そうで、レライエが優しく撫でていた。
「魔王様が名付けたら、それだけで養親がきまりそうだね」
婚約者の優しい手の温もりに、あと数枚なら剥いでもいい……と危険な思考に尻尾を揺らすアムドゥスキアスの言葉に、ルキフェルが指摘した。
「それは危険。ルシファーが名を付けたら、その子は預けられない」
今までルシファーが名付けを行った相手は、貴族だったり養い子だ。貴族はそれなりの実力者が多い上、戦闘能力や交渉力が高くやっかみに対応することができた。養い子もアスタロトやベールが預かって育てたため、大公の権限により守られる。
しかしただの養子縁組となり城を出すなら、子供にルシファーが名付けるのは難しい。後で騒動の原因になると告げるルキフェルに、ベールも賛同した。
「危険です。我々が名付ける方が……」
「それなら、私が名前を考えるわ!」
はいはいっ! 勢いよく立ち上がり手を挙げたリリスに、アスタロトが笑顔でお断りを入れる。
「話を聞いていましたか? ルシファー様やリリス様が名付けたら、やっかまれて子供がひどい目に合いますよ。だいたい、お2人とも名付けのセンスが悪すぎます。この子供のためを思うならおやめなさい」
おやめくださいの要請ではなく、おやめなさいと切り捨てた。しょんぼりしながら席に座るリリスへ、慰めるようにルシファーが甘いパンを差し出す。
「あーんして」
「あーん」
しょげた主の姿に抗議しようと立ったルーシアだが、何も言わずにすとんと座った。食べさせ合う2人の様子から、尾を引く事例ではないと判断する。その姿勢に高評価を与えるアスタロトは、満足そうに頷いた。少女達が自分で考え行動するたび、大公による評価が行われている。
現在時点で、彼女らに大きな過失はなかった。このまま成長すれば、奔放すぎるリリス姫の盾として頑張ってもらえそうだ。物理的な盾は不要だが、自由すぎる彼女の言動をサポートして方向修正する意味で、側近は必要不可欠だった。
ルシファーの側近として苦労したからこそ、彼女らへの評価は厳しめに行うのだ。
「子供の名は……そうですね。ルーサルカ、あなたが考えるといいでしょう。懐いていますから」
「え? わかりました」
驚いたルーサルカだが、すぐに嬉しそうに了承した。いつの間にか椅子から膝の上によじ登ってきた子供の髪を撫でて、顔を覗き込む。
大きな瞳は、深い紫色だ。黒に間違うほど色が濃い髪と瞳だが、肌の色は美しいピンク系の明るい色をした可愛らしい顔立ちの子供に、ルーサルカはいくつか名を並べた。
「カルン、クルス、パズス……どれがいい?」
思いついた名に、子供は首をかしげた後「カルン」を選んだ。
「お義母様、引き取るっていうわよね」
先ほどのアデーレの勢いを思い出したルーサルカの呟きに、アスタロトが肩を落とした。
「嫌な予言をしないでください」
珍しいアスタロトの姿に、ルシファーとリリスは目を瞬かせて場を読まない発言をする。
「アデーレはいいお母さんよね」
「そうだな。アスタロトのお嫁さんには勿体無い」
「……余計な発言をすると、痛い目を見せますよ?」
痛い目を見るのではなく、見せると脅された魔王は慌てて首を横に振って発言を撤回した。この辺りの素早さは鍛えられている。きょとんとした顔のリリスより経験を積んでいた。
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