上 下
702 / 1,397
51章 海からの使者

697. 誉め言葉から始まる説教

しおりを挟む
 地味にショックを受けるルーシア達の心境を知らず、ルシファーも取り出した焼き魚を差し出した。

「食べるか? こないだ出来たミヒャール湖の魚だぞ」

 できた湖ではなく、クレーターを作ったミヒャール国跡地の水たまりである。魚取りが得意な獣人やリザードマンの有志連合が、祭り用の食材として捕獲した魚だった。

「うん」

 子供はこれまた素直に受け取ってかぶりつく。串を自分の方へ向けて頭から魚を齧ろうとしたため、ルシファーが一度止めた。それから串を抜いて両手で魚を持たせる。以前に肉の串でリリスが同じことをして、口の中をケガしたのだ。子供の扱いに慣れた魔王の配慮に、少女達は素直に感心している。

「我が君、我をお忘れですか」

「あ、ああ。悪い」

 子供が魚を食べる姿を見守るルシファーは、後ろからかけられた声に慌てた。振り返って、鼻や背中、頭の上にも荷物を乗せている。ぎりぎりでバランスをとる器用さは見事だが、忘れていたルシファーを含め誰も助けてくれないので声をかけた。

 気配を殺しすぎて、気づかれないフェンリルの悲劇だった。

「これでよし。よく我慢したな、ヤン。えらいぞ」

「そういう問題ではありません。陛下」

 公的な呼び方をされたルシファーだが、何を叱られているのかわからない。子供を探すのを任せて、外できちんと民と触れ合ってきたのに何が不満だ。むっとしながら振り返ると、溜め息をついたベールが先に口を開いた。

「荷物をすべて手で運ぶ必要はないでしょう。陛下の収納へ入れたら良いではありませんか」

「プレゼントしてくれた民に失礼であろう。彼らは手で運んだり、咥えて走ってきてくれたのだ。もらって中身も確かめず、収納へほうり込んだら蔑ろにしたと思われるぞ」

 正論なのだが屁理屈の印象が強い。普段から言い逃れることに慣れたルシファーは、けろりと反論してみせた。そう、まるで答えを用意してあったかのように。

「贈り物を用意した者への礼儀と感謝の心を忘れない姿は、さすがルシファー様です」

 褒める言葉からスタートするアスタロトは危険だ。経験から知るルシファーが警戒を強める。ましてや呼び方をまた私的なものに変更した。絶対に仕掛けてくる――用心深く次の言葉を待つ。

「姿が見えなくなった時点で収納すればよかったのでは?」

「その行為が、他の者の目に触れれば同じであろう。口を伝い、言葉を経て、彼らのもとへ届かないといえるか?」

 この程度なら応戦可能だ。ルシファーに少し余裕が戻る。しかし長く側仕えをした吸血鬼の反撃はここからだった。

「ええ。そこまで気遣っておられるのですね。近くにコボルトはおりませんか? 侍女は? ベリアルは何をしていたのでしょう」

「う……ぐ、いたが……」

 いなかったと言えば嘘になる。いたと答えたら、なぜ彼らに持たせなかったのかと詰められる。失敗したと顔をしかめるルシファーに代わり、リリスが矢面に立った。

「みんな、今日は忙しいのよ。だってお仕事しているんだもの。邪魔してはいけないわ」

「陛下の手元の荷物を運ぶのは、侍従の仕事です。彼らの仕事を邪魔したのはリリス様でしょう?」

 うーん? 考え込んだリリスは、丸め込まれかけている。そんな気もしてきた彼女が頷こうとしたところを、ルシファーが助けに入った。

「い、いや。邪魔をしないために運んだ。彼らの申し出を断ったのはオレだ」

 全責任を負うつもりで言い切ったルシファーへ、アスタロトは獲物に向けるご機嫌な笑顔を向けた。整った顔に浮かんだ笑みは優しそうで美しいが、正体を知る魔王は怯える。

「なるほど、陛下が断ったのですか……彼らの仕事を奪う正当な理由があったのですね?」

「そ、そんなものはない!!」

 開き直ったルシファーの負けだった。そこから「魔王としての威厳うんぬん」「魔族の象徴たる存在がetc」「ご自分のお立場」と「配下の仕事を奪う」ことへの説教が始まる。

 チートだからこそ、他者を上手に使わないと失業する者が出る。懇々こんこんと説教されて項垂れる魔王をよそに、リリスは子供と手遊びを始めた。水かきのある両手足を使い、歌に合わせて手足を動かす子供は楽しそうだ。

「リリス様、他人事のように振舞っておられますが同罪です」

 ぴしゃりとアスタロトに引き戻され、リリスも一緒に説教を受け終わる頃……窓の外はすでに月が昇っていた。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?! 異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。 #日常系、ほのぼの、ハッピーエンド 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……完結 2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位 2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位 2024/07/01……連載開始

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...