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49章 魔王城最上階の怪談

675. 物を出す前にお片付けから

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「それは構わないが……幽霊とやらはいいのか?」

 こてりと首をかしげて尋ねるルシファーに、アスタロトが頷く。この場に来た理由は、先ほどの怪奇現象の正体を見極めるためだった。何もせず戻るわけに行かない。

「彼女なら還ったからもういないわ」

「彼女?」

 アスタロトが不審そうに呟く。女性のような形の靄だったが、本当に女性分類だったようだ。ひとまずリリスの言葉を信じて、全員が執務室に戻ることとなった。後ろでアンナとイザヤが残念そうに、何度も部屋の中を確認する姿が印象的だ。どうしても見たかったのだろう。

「アデーレ、お茶の用意を」

 下の階に下りたところで、アスタロトが侍女のアデーレを呼び止める。頷いた彼女へ、リリスが要望を出した。

「時間がかかるから、軽食も用意してね」

「かしこまりました、リリス様」

 にっこり笑ったアデーレを見送り、アベルがイポスへ尋ねる。

「アスタロトさんの奥さんですよね。なんか素っ気なくないですか?」

「仕事中なら当然だろう。互いに立場がある」

 アデーレ同様、仕事人間のイポスは平然と言い放つ。しかし前世界で学生だったアベルは、いまいち納得できないまま後を付いていく。戻った執務室は多少荒れていた。

 上階の爆発から始まって、混乱したままベールによる火事、様子を見に行ったアスタロトがアベルを吹き飛ばすなどの騒動が重なり、室内は散らかっている。書類はあちこちに落ち、ソファの上に埃や本が転がった。

「……まず片づけよう」

 ルシファーの一言に反応したルキフェルが魔法陣を呼び出す。大量にストックした魔法陣を並べ、清掃用に改良した浄化魔法陣を放とうとした彼を、アスタロトが制止した。

「署名済みの書類があります」

「え?」

 慌てて魔法陣を消す。まだ発動前で助かったが、もし発動していたら午前中の仕事が全部消えるところだった。ここで全員が荒れた室内に肩を落とす。

「片付けましょうか」

「そうですね」

 リリスの話を聞くためのお茶会の前に、この部屋を片付けなくてはならない。ベールが外を走るベリアルを捕まえ、コボルトの応援を頼んだ。頼りになる侍従や侍女が駆け込むまでに、書類は回収した方がいいだろう。

「よし、書類優先だ」

「「「「はい」」」」

 少女達が勢いよく屈んで書類を拾い始めた。召喚者達も慌てて落ちた本を書棚に戻していく。この世界の文字が読み書きできるため、アベルとイザヤが拾った本をアンナが丁寧に並べ始めた。手分けして作業を進めるなか、重要書類をベール達大公が確認しながら並べ直す。

 書類の向きを直し、順番を正す。魔法陣なら簡単な作業を手で行ったため、無駄に時間がかかってしまった。それからコボルト達も加わり、あっという間に部屋が片付く。リリスが拾った書類を並べるルシファーが、押印漏れを発見して印章を手に取った。ぺたんと音をさせて押す。一通り書類が片付いたところで、ようやくルキフェルが魔法陣を取り出した。

「もう大丈夫だよね?」

「書類は部屋から運び出しました」

 署名や押印が終わった書類をベリアルに託したアスタロトが太鼓判を押す。片付け作業で汗をかいたこともあり、浄化の魔法陣を無造作に2つほど使った。1つ発動した時点で、部屋の外に飛び出したアスタロトは、ぎりぎりで事なきを得る。

「あ、ごめん」

「いえ。使っていいと言いましたから」

 浄化が苦手な種族だと忘れていたルキフェルが謝ると、自分が許可したとアスタロトが首を横に振る。仲のいい彼らを交互に見つめたあと、ルシファーが眉をひそめた。

「オレが同じことしたときは、殴られた気がする」

「あなたの場合、威力が危険レベルだったこと。何より予告せず発動したから叱られたのですよ」

 過去の悪行をさらりとバラされ、ルシファーの顔が引きつった。場が凍り付いたところで、アデーレがお茶や軽食を運び込む。美しく盛りつけられたサンドウィッチやスコーンに目を輝かせるリリスは、空気を読まずにルシファーを引っ張った。

「ねえ、早く終わらせて食べましょう」

 金縛りから解けた面々は顔を見合わせ、魔王妃候補の本当の強さを噛みしめた。この場面で食べ物など喉を通らないのが普通だ。側近達も集う場で、リリス最強伝説は静かに魔王城に浸透しつつあった。
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