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49章 魔王城最上階の怪談

673. 不毛なバカ試合

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「危険だと言われたら逃げるように教えたでしょう! それなのに顔を出すとは、魔王としての責務をなんと考えておられるのか」

 ベールの怒りを、不貞腐れたルシファーが聞き流す。そっぽを向いた子供のような仕草を許す男ではない。ぐいっと無理やり耳を引っ張って前を向かせた。

「いいですか? あなたは魔族を纏める責任と義務があります。部下が危険だと告げたら逃げるのも仕事です!」

「だったら魔王なんかやめる」

 拗ねた口調に、ベールはがくりとソファに崩れ落ちた。リリスは互いの顔を見ながら、どちらの味方もせず無言を貫く。執務室でお説教が始まるため、少女や翡翠竜は2部屋離れた客間に留め置かれていた。

 この執務室は現在、大公3人、魔王、魔王妃候補の5人しかいない。自分が持ち込んだ案件から波及した事態に、ルキフェルは慣れた様子でお茶を淹れ始めた。リリスの前に焼き菓子を並べ、チョコレートを積み重ねる。礼を言って口に放り込んだリリスが、にっこり笑った。

「ルシファー、あーん」

 チョコをひとつ選び、前を向かされた口に押し込む。ぱくりと開いた形の良い唇がチョコを摘まむ指を咥え、中で丁寧に舐めてから指が抜かれた。絶句するベールをよそに、毎日のことなのでリリスは気にしない。

「美味しい?」

「リリスがくれれば、美味しいに決まってる」

 猛毒のカエルでも平らげそうだが、実はおままごと騒動で毒蠍を食べさせられそうになった経験もあった。すごく危険なカップルなのだ。ベールの説教に反発するルシファーの様子を見て、アスタロトは手を変えた。

「ルシファー様、助けに来てくださりありがとうございます」

 まずは礼から入る。この時点で、ルシファーの警戒心はマックスだ。話術が得意な吸血種の手管に、何度煮え湯を飲まされたことか。返事をせずに睨みつけるルシファーへ、笑顔で切り出した。

「こうして小言を口にするベールも、あの場で怒鳴った私も……あなたを心配しているのです。それはご理解いただけますね?」

「ああ」

 さすがにここは否定できない。仕方なく同意すると、我が意を得たりとアスタロトの口元が笑みに歪んだ。ソファに腰掛けたアスタロトが少し身を乗り出す。その分だけルシファーはリリスを引き寄せて、後ろに逃げた。

「わが身を盾にしても、あなたやリリス姫に生き残って欲しい。この気持ちも信じていただけますね」

 渋々頷く。

「ならば、逃げて欲しいと伝言した我々の気持ちを踏みにじったのは……」

「本当に危険だと思ったら、全員連れて逃げる。だが大公であっても、我が民である以上は守る対象であろう」

「ご立派です。我々は最高の主君を得ました」

「オレもお前達の忠義を疑ったことはない」

 徹底的に誉め殺しで責めるアスタロトに、うっかり反論できず、ルシファーは渋い顔をしながら同意した。

「しかし陛下や姫殿下の御身が傷ついては、我々の存在価値が失われます」

「うぐ……わかるが、魔王の責務を放棄するわけに行かぬ」

 狐と狸の化かし合い……いや、バカ試合の方が近い。どっちもどっち。ルキフェルが呆れ顔でクッキーを齧った。

 丁寧な言い回しで互いを褒め合い、突きあう不毛な言い争いは、数時間にわたり……お菓子を食べ終えたルキフェルとリリスが転寝を始めるまで続いた。
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