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43章 魔の森は秘密だらけ
579. 祭りに必須のアレが足りません
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温泉は無事だったが屋敷は大破したため、療養という名の休暇は中断となった。しかたなく魔王城へ戻ったルシファーは、退屈な書類を片づけながら欠伸をひとつ。
隣の椅子で姿勢を正したリリスが、こくりと首を傾けた。先ほど食事をしたばかりなので、難しい文字が並んだ本を前に眠くなる気持ちもわかる。もうすぐ春が来るこの季節は、ガラス越しの日差しが暖かくて眠気を誘われた。
「リリス、危ないぞ」
本の上に倒れ込みそうなリリスを起こす。揺すられたリリスが欠伸を噛み殺し、口元を手で隠しながら頷いた。だがまた眠ってしまいそうだ。膝裏に手を入れて抱き上げ、横抱きにする。不安定な姿勢を嫌ったリリスの腕が首に絡みついた。
「そこの長椅子で寝るといい」
うっかりベッドに運ぶと深く眠り過ぎ、夜眠れなくなる。つい先日失敗したばかりなので、クッションを並べた長椅子に横たえた。このくらい魔法を使えば簡単なのだが、どうしても自分で運んでやりたい。擽ったい気もちでリリスをおろし、首に絡んだ手を解こうとした瞬間……派手な音が響いた。
「ん?」
「……ご、ごめ……なさい!!」
勢いよくドアを閉めて逃げていく足音に、ルシファーが溜め息をついた。ベルゼビュートだ。また新しい噂が城下町を席巻しそうだと眉をひそめた。彼女に何かを目撃されると、尾ひれ背びれで飾られた噂と言う金魚が泳ぎ出す。
この城のセキュリティ担当があれでいいのか。以前から感じていた疑問を何とか押し殺して、リリスの手を外させた。身を起こして窓の外に目を向ける。
今夜――月が満ちる時間に、オルトロスを前の世界に返すらしい。リリスによれば、魔の森は月と同じで魔力の満ち欠けがあるという。双頭の犬や以前の亀が落ちてきた時期は、魔力が弱まっていた。今夜はここ数年でもっとも魔力が満ちる。以前に落ちた亀も無事なら返してやれたという。
ちなみに有鱗人達は、今回の「帰還できる」という話に首を横に振った。前世界で虐待された経緯があるため戻りたくない。この世界で根付いて生きていく。その覚悟を示された。魔族としても受け入れる議決が出ているので、なんら問題はない。
同じように召喚者である3人の人族にも「帰還できる」旨を通知した。彼らは迷っているらしく、ぎりぎりまで答えを保留している。アベルは残りたいし、アンナも積極的に帰ろうと言わない。イザヤはそんな2人に困惑している様子だった。どちらを選ぶにしろ、彼らの出す答えは尊重されるだろう。
世界の頂点に立つ魔王ですら知らない秘密を、リリスは誰よりも知っていた。彼女が話してもいいと思えるタイミングまで、リリス以外の誰も理解できない。それでいい……ルシファーは黒髪を撫でた。今夜のリリスを守る役目を果たし、明日からも同じように生活するだけだ。
「ルシファー様、失礼いたします」
あと2ヶ月しかない即位記念祭の書類を持ち込んだアスタロトが、机の上に署名待ちの山を積み上げた。黒髪から手を離し、執務机に戻る。飾りつけ予算の承認、備蓄食料の買い付けリスト、祭りで振る舞う食材や酒の提案、さまざまな書類に目を通していく。
「こちらが最優先です」
差し出された書類は、備蓄の入れ替えに関するものだった。10年に一度行われる即位記念祭で振る舞う食材は備蓄を消費する。代わりに新しく買い込んだ食材を備蓄に回すのだ。ほぼ恒例の祭りなので、過去に変更を余儀なくされた記憶はなかった。
「コカトリスの肉が高騰しています」
「……リリスの唐揚げで?」
リリスがコカトリスの唐揚げを広げてしまったため、害獣として駆逐され埋め立て処分されていた肉が高騰している。密猟も増えており、資源保護の目的で魔王軍の見回り回数が増やされたほどだ。
「さすがにコカトリスの備蓄はないだろ……」
苦笑いする。毒がある上、他に美味しい肉がいくらでもあったので、誰も備蓄はしていない。持っていたとしても、このコカトリス需要に乗って売却された後と思われた。
「民が期待していますから、用意しない選択肢はありません」
「うーん」
この際、高額でも購入しておくべきか。しかし必要量がとんでもない単位なので、各店舗からすべて買い上げても足りない可能性もあった。魔王が守った平穏な過去の功績を称え、これから10年間の平和な治世を望む祭りで「食材不足」は手痛い失態だ。
「魔王軍に狩らせますか?」
民に乱獲を禁止した手前、魔王軍が祭りのために狩るのは外聞や印象が悪い。唸っていると、のそのそと身を起こしたリリスが目元を手で擦った。
「リリス、傷になる」
立ち上がると真っ赤な瞳の縁を擦る手を止めさせ、柔らかな絹のハンカチで目元をそっと押えた。にっこり微笑んで「ありがとう」と礼を言う少女は、先ほどの案件の解決方法を提示する。
「あのね……今夜のオルトロス返還が終わると、魔の森がコカトリスをたくさん産んでくれるの」
産むという表現に、アスタロトが「親みたいですね」と首をかしげた。しかしリリスの言葉は現実になることを知っているため、肩を竦めて次の手を提案した。
「大量発生する魔物コカトリスの乱獲防止措置を、一時的に解除する手続をしておきます」
「任せる」
「何をおかしなことを……これから書類を作成しますから、すぐに署名してくださいね」
各部署に回します。また書類が増える予告を残して、アスタロトは部屋を出た。廊下の先で興奮しながら侍女相手に噂の種をまき散らすベルゼビュートを発見し、強制回収するのは数分後のことだった。
隣の椅子で姿勢を正したリリスが、こくりと首を傾けた。先ほど食事をしたばかりなので、難しい文字が並んだ本を前に眠くなる気持ちもわかる。もうすぐ春が来るこの季節は、ガラス越しの日差しが暖かくて眠気を誘われた。
「リリス、危ないぞ」
本の上に倒れ込みそうなリリスを起こす。揺すられたリリスが欠伸を噛み殺し、口元を手で隠しながら頷いた。だがまた眠ってしまいそうだ。膝裏に手を入れて抱き上げ、横抱きにする。不安定な姿勢を嫌ったリリスの腕が首に絡みついた。
「そこの長椅子で寝るといい」
うっかりベッドに運ぶと深く眠り過ぎ、夜眠れなくなる。つい先日失敗したばかりなので、クッションを並べた長椅子に横たえた。このくらい魔法を使えば簡単なのだが、どうしても自分で運んでやりたい。擽ったい気もちでリリスをおろし、首に絡んだ手を解こうとした瞬間……派手な音が響いた。
「ん?」
「……ご、ごめ……なさい!!」
勢いよくドアを閉めて逃げていく足音に、ルシファーが溜め息をついた。ベルゼビュートだ。また新しい噂が城下町を席巻しそうだと眉をひそめた。彼女に何かを目撃されると、尾ひれ背びれで飾られた噂と言う金魚が泳ぎ出す。
この城のセキュリティ担当があれでいいのか。以前から感じていた疑問を何とか押し殺して、リリスの手を外させた。身を起こして窓の外に目を向ける。
今夜――月が満ちる時間に、オルトロスを前の世界に返すらしい。リリスによれば、魔の森は月と同じで魔力の満ち欠けがあるという。双頭の犬や以前の亀が落ちてきた時期は、魔力が弱まっていた。今夜はここ数年でもっとも魔力が満ちる。以前に落ちた亀も無事なら返してやれたという。
ちなみに有鱗人達は、今回の「帰還できる」という話に首を横に振った。前世界で虐待された経緯があるため戻りたくない。この世界で根付いて生きていく。その覚悟を示された。魔族としても受け入れる議決が出ているので、なんら問題はない。
同じように召喚者である3人の人族にも「帰還できる」旨を通知した。彼らは迷っているらしく、ぎりぎりまで答えを保留している。アベルは残りたいし、アンナも積極的に帰ろうと言わない。イザヤはそんな2人に困惑している様子だった。どちらを選ぶにしろ、彼らの出す答えは尊重されるだろう。
世界の頂点に立つ魔王ですら知らない秘密を、リリスは誰よりも知っていた。彼女が話してもいいと思えるタイミングまで、リリス以外の誰も理解できない。それでいい……ルシファーは黒髪を撫でた。今夜のリリスを守る役目を果たし、明日からも同じように生活するだけだ。
「ルシファー様、失礼いたします」
あと2ヶ月しかない即位記念祭の書類を持ち込んだアスタロトが、机の上に署名待ちの山を積み上げた。黒髪から手を離し、執務机に戻る。飾りつけ予算の承認、備蓄食料の買い付けリスト、祭りで振る舞う食材や酒の提案、さまざまな書類に目を通していく。
「こちらが最優先です」
差し出された書類は、備蓄の入れ替えに関するものだった。10年に一度行われる即位記念祭で振る舞う食材は備蓄を消費する。代わりに新しく買い込んだ食材を備蓄に回すのだ。ほぼ恒例の祭りなので、過去に変更を余儀なくされた記憶はなかった。
「コカトリスの肉が高騰しています」
「……リリスの唐揚げで?」
リリスがコカトリスの唐揚げを広げてしまったため、害獣として駆逐され埋め立て処分されていた肉が高騰している。密猟も増えており、資源保護の目的で魔王軍の見回り回数が増やされたほどだ。
「さすがにコカトリスの備蓄はないだろ……」
苦笑いする。毒がある上、他に美味しい肉がいくらでもあったので、誰も備蓄はしていない。持っていたとしても、このコカトリス需要に乗って売却された後と思われた。
「民が期待していますから、用意しない選択肢はありません」
「うーん」
この際、高額でも購入しておくべきか。しかし必要量がとんでもない単位なので、各店舗からすべて買い上げても足りない可能性もあった。魔王が守った平穏な過去の功績を称え、これから10年間の平和な治世を望む祭りで「食材不足」は手痛い失態だ。
「魔王軍に狩らせますか?」
民に乱獲を禁止した手前、魔王軍が祭りのために狩るのは外聞や印象が悪い。唸っていると、のそのそと身を起こしたリリスが目元を手で擦った。
「リリス、傷になる」
立ち上がると真っ赤な瞳の縁を擦る手を止めさせ、柔らかな絹のハンカチで目元をそっと押えた。にっこり微笑んで「ありがとう」と礼を言う少女は、先ほどの案件の解決方法を提示する。
「あのね……今夜のオルトロス返還が終わると、魔の森がコカトリスをたくさん産んでくれるの」
産むという表現に、アスタロトが「親みたいですね」と首をかしげた。しかしリリスの言葉は現実になることを知っているため、肩を竦めて次の手を提案した。
「大量発生する魔物コカトリスの乱獲防止措置を、一時的に解除する手続をしておきます」
「任せる」
「何をおかしなことを……これから書類を作成しますから、すぐに署名してくださいね」
各部署に回します。また書類が増える予告を残して、アスタロトは部屋を出た。廊下の先で興奮しながら侍女相手に噂の種をまき散らすベルゼビュートを発見し、強制回収するのは数分後のことだった。
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