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42章 魔王妃殿下のお勉強

576. 空から落ちた獣は

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「ルシファー、上手にできたわ」

 寝着の上、魔王の上着を羽織った少女ははしゃいだ声を上げる。膝まで届く長い純白の髪の一部を三つ編みにしたリリスは、器用に毛先で留めて手を離す。まだ手付かずの髪を引き寄せて、また編み始めた。

 私邸内にいた召喚者や側近達に、仲のいい2人を微笑ましく思う余裕はない。早朝の爆音で叩き起こされたら、屋敷は半壊。庭に見知らぬ巨大生物が転がっている状況なのだ。警戒心でぴりぴりしていた。

「大きいっすね」

 アベルが弓と矢を掴んで覗き込んだ。その隣でイザヤはアンナを背に庇いながら、短剣を握る。

 すこし離れた瓦礫の上に、少女達が武器を持ち寄っていた。ルーサルカは手のひらに魔法陣を浮かべ、ルーシアは刃の大きな氷槍を手にしている。薙刀が似ているだろうか、剣術を嗜むイザヤはその形状に見覚えがあった。レライエは爪と翼を構え、空に浮かんだシトリーが召喚者を含めた半円の結界を張る。

 降ってきた獣は、頭が2つある黒犬が近い。その意味ではヤンが保護するヘルハウンドに似ていた。しかし背中のたてがみや尻尾まで、すべてが蛇になっている。本体の犬が気絶したというのに、蛇達は元気だった。こちらを威嚇して本体を守ろうとする。シャーシャーと乾いた音が響き渡った。

「……初めて見る種族だ」

 リリスを拾った頃から、見たことがない種族や新種のゾンビが現れたので、ここ最近はだいぶ慣れた。またかと溜め息が漏れる。確認しようとしてアスタロトに止められ、彼が近づくのを見ていた。いつでも攻撃や防御を行えるよう、複数の魔法陣を周囲に配置するのは忘れない。

「気を付けろよ」

「……気を失っている様子ですが、確かに新種ですね」

 黒蛇がうねうねと動き、獣の外側が波打つように見えた。あまり気持ちのいい光景ではない。特に魔物であるサーペントが嫌いなルシファーは、眉をひそめて攻撃魔法陣を引き寄せる程だった。嫌悪感が先に立つのだ。こういう感覚は理屈ではない。

 意思疎通できる魔族のラミアやユルルングルと、魔物のサーペントは別物だった。魔族ならば外見が違っても『人』として接するが、魔物は『野生の獣』であり『害虫』扱いなのだ。今の時点で魔物分類の獣の背で威嚇中の蛇と、意思や言葉の通じる様子はなかった。

「ルシファー! この子、起きてる!」

 叫んだリリスが編んでいた髪から手を離す。フェンリルであるヤンに匹敵する巨体から、光が放たれた。嫌な予感がして避けたルシファーの後ろで、残っていた屋敷が倒壊する。すぱっと断面を見せて切れた建物が、がしゃりと割れた形で開いた。

「見事な切れ味だ」

 アスタロトやベルゼビュートが魔剣を振るったり、ルキフェルが風の魔法陣で作る断面に似ていた。かなり鋭い切れ味だ。

「すげぇー! 口からビーム吐いた!」

「レーザー光線とは違うの?」

「ビームの一種がレーザーだった気がする」

 アベル、アンナ、イザヤの順で異世界知識での確認が始まる。ぶわっと髪の毛が逆立つ静電気のような感覚に襲われ、3人揃って巨大な獣を見つめた。再び放たれた光をアスタロトが剣で受けて、反射させている。かなり遠方の山が柔らかなチーズのように割れた。

「厄介な光ですね。異世界ではビームと呼称するのですか」

 光なので反射させることは可能だが、山を切るほどの出力があるビームなら、剣が溶けてもおかしくない。平然と生身で受け流すアスタロトの姿に、3人はごくりと喉を鳴らした。彼に逆らうのは危険だと、本能が理解した瞬間である。

「話しかけても答えがありませんね」

 屋敷を壊さぬよう大型犬サイズに縮んでいたヤンが、元の大きさに戻る。見上げる小山サイズのヤンは、唸りながら巨大生物の反応を伺い、やがて首を横に振った。

「アスタロト閣下、言葉は通じませぬ」

「ならば仕方ありませんか」

 意思疎通が出来ないと告げられ、アスタロトは虹色の剣を構え直した。
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