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41章 溺愛の弊害

561. 遅れてきたお姫様の魔法

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「間に合う?!」

「無理よ!!」

 器を作る間に3人は地上付近に迫っていた。これから水を張る時間はない。集中が乱れたルーシアの周囲で、魔力が尽きるほどの大量の水が溢れた。しかし受け皿となる土の器はほぼ空だ。いまからでは間に合わない。

「きゃぁああ!!」

 悲鳴を上げたルーサルカの前に、黒い影が過った。ほんのり金がかかった銀の光が周囲を包み、時間が止まった錯覚をもたらす。何もかもが遅くなり、光が包み込んだ人影を地上へ下した。叩きつけられるはずだった彼らの身は、ゆっくり横たえられる。

「……遅くなってごめんね、ルシファー」

 鈴が鳴るような声は聞き覚えがあった。見開いたルーサルカの瞳に涙が生まれ、埃で汚れた頬を伝って握りしめた拳に落ちる。隣のルーシアは気を失っていて、ぐったりと倒れ込んでルーサルカの肩にぶつかった。咄嗟に彼女を支えたルーサルカの前に下りた声の主は、穏やかに微笑む。

「間に合った」

 黒髪の少女は最後に見た麗しく美しい姿で、傷ひとつない裸体で地上に足をつく。一糸纏わぬ少女の黒髪は記憶より長く、足首近くまで届いていた。白い肌を隠すようにまとわりつく髪は濡れて張りつき、鮮やかな赤い瞳が瞬く。

「リリス、様……?」

「うん」

 幼子の時と同じ響きで頷き、すたすたと歩き出した。瓦礫があり、土を掘り返し、水で濡らした地上は泥沼のようだ。白い足が汚れるのも気にせず、リリスはまっすぐにルシファーの元へ向かった。

 腰が抜けて動けないルーサルカは、ルーシアを受け止めたまま固まっていた。頭が状況を把握できず、目の前の光景を理解できない。

「見つけたわ、ライ」

 頭上に飛んできたドラゴンが舞い降り、大急ぎで人型を取った。レライエだ。ドラゴンの姿で飛んできた理由は不明だが、背に乗せていたシトリーが慌てて駆けだす。収納空間に手を入れたまま走り、追いついたリリスに白いシーツを被せた。

「お待ちください。リリス様……そのお姿はあんまりですわ」

 シトリーに指摘されてはじめて気づいたのか、リリスは自分の姿を見下ろした。膨らみ始めた胸元やすらりとした足は、確かにさらけ出して歩くのは目の毒だ。他者に見られる意識すらなかったリリスは、頭の上から被せられたシーツを身体に巻き付ける。

「ありがとう、リー」

「いえ。あと……サンダルあったかしら」

 収納空間に再び手を入れてかき回し、予備の靴がないか探し始めた。そんな彼女に微笑んで、リリスは素足でルシファー達の元へ近づく。

 鉄錆びた臭いが鼻をついた。鮮やかな赤が肌を汚す彼らの様子は、あまりに酷い。アスタロトの腹部を貫いた腕を掴まれたルシファーの背から腹へ突き抜けた剣、ベールの左半身は焼けただれていた。

 泥の中に横たわる3人は満身創痍、ぎりぎり息がある状態だ。その意味では水に落ちたベルゼビュートも大差なかった。

「……痛いの、痛いの、飛んでけ」

 それはリリスが使う治癒魔法の呪文。彼女が赤子の頃に覚えたおまじないだった。痛いと泣いた自分を癒してくれたルシファーが使った言葉は、リリスの中で治癒のイメージと強く結びつく。痛みが消えますように、傷が治りますように、もう傷つきませんように。

 託された祈りに似た願いが温かな波動となって、彼らの上に降り注ぐ。

「リリス?! え……どこにいた、の?」

 貫かれた両手に穴を空けたルキフェルが、地上に降り立った。魔法が届く範囲に入ったルキフェルの傷が、瞬く間に塞がっていく。傷口が塞がった手で、泥に汚れたベールの顔に手を触れた。治っていく整った顔に、ルキフェルの涙がぽつりと落ちる。

「バカだなぁ、僕は一人じゃ……だめなのに」

「……っ、わか、ってても」

 分かっていても生きて欲しいと願うのは、年長者の我が侭です。そう告げようと口を開いたベールは、目の前を幻想的に染める金色がかった白銀の魔力に頬を緩めた。
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