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41章 溺愛の弊害
558. オレは選択を間違えたのか?
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咄嗟に強く抱いたルシファーの腕から、幼女が消えた。魔法ではない、魔法陣も発動していない。ただ、忽然と彼女の姿が消えた。最初から彼女がいなかったように……。
空になった両手が軽くて、信じられずに両手のひらを見つめた。
「リリ、ス……?」
一緒にいると言った。どれを選んでも一緒にいられると――だから選んだのだ。本来の彼女が歩むべきだった12歳に戻れば、失われた時間を一緒に歩める。リリスが消えた腕を茫然と見つめた。
オレは選択を間違えたのか?
これは何の罰だろう。8万年の長き時間を、魔族のために費やした。魔王を選ぶ大戦を終結させ、弱者を守り育て、世界の調和を保つ。処罰は厳しく、しかし慈愛を忘れぬよう振る舞い、母なる魔の森が生み出すすべての種族を守った。
その結果が、これか?
生きた長い年月に比べたら、わずかな時間しか隣にいなかった。たった十数年……瞬きほどの時間が脳裏を過り、狂いそうな感情が爆発する。眠らない赤子を抱いてあやし、何も知らない無垢な子供を導き育て、己のミスで失った。代償を払って取り戻したあの子が――なぜ、今はオレの腕にいない?
欲したのは隣にいる愛し子の笑顔。
ただ一つの望みすら叶わない世界など――『 』!!
「ルシファー様っ!」
焦って手を伸ばしたアスタロトの結界がはじけ飛ぶ。触れた瞬間に粉々に砕かれた結界は、彼を守らなかった。大聖堂の壁に叩きつけられたアスタロトを、ベルゼビュートが背に庇う。
「今は無理よ」
何を言っても通じない。見開いた銀の瞳は濁り、何も映していなかった。整えたはずの指先には鋭く長い爪が生まれ、自傷する形で頬を切り裂く。リリスが触れた接吻けの後を辿るように、額を頬を傷つけた。流れる赤い血は重力に逆らう形で周囲に飛び散る。
背の4枚の羽が広げられ、その間からさらに4枚が解放された。舞い上がる純白の髪は、乱れた魔力が切り裂いていく。踊るようにうねる風が制御を失って大聖堂の屋根を突き破った。落ちる瓦礫に、慌ててルキフェルが魔法陣を作り出す。
「逃げて」
声をかけ、足元で人族を屠っていた獣人族に魔法陣を展開した。範囲指定をする時間が足りず、人族も魔族も関係なく命ある者を全員飛ばす。飛ばした地点の安全確認はできなかったが、獣人の強靭な生命力を信じるしかなかった。この場に残したら、彼らに生き残る道はない。
「……どうしてでしょう」
ルシファーの選択が間違ったとは思わない。リリスの言葉が正しいなら、どの選択肢でも彼女は失われないはずだった。ベールやアスタロトが気づかない穴があったとは思えず、困惑の声が零れた。
「そんなの後だよっ!! ……僕達で止められる?」
ルキフェルの叫び声は、後半が不安そうに揺らいだ。こんな狂人めいた魔王を止められるとしたら、4人の大公だけ。かつて彼と正面から戦った3人はともかく、ルキフェルは穏やかになった後の魔王以外知らない。
泣き言に近い疑問を、我に返ったベールが切り捨てた。
「止められるかどうか、迷う時間はありません」
弱音を吐く時間はない。
自傷したルシファーの赤く染まった爪が、剣のように銀の光を帯びた。ルシファーの武器は死神の鎌が有名だが、これは後になって得た力だ。魔の森に突然生まれた頃の彼を知るベールは、舌打ちして己の武器を呼び出した。
アスタロトが弾き飛ばされた状況から、近づくのは悪手だった。身長より大きな弓を構え、魔力だけで作る矢をつがえる。右手が掴む矢羽根は3本、すべて属性が違う矢を同時に放った。
まっすぐ飛んだ炎の矢が、ルシファーの爪の一閃で避けて落ちる。時間差で左側の死角を狙う氷の矢が一瞥で砕けた。最後に背中へ回り込む風の矢へ、口元の血を拭ったアスタロトが魔力を乗せる。加速した矢が背の翼に突き刺さった。
8枚の翼の2枚を貫いた矢から、ぽたりと血が流れる。無造作に鏃を掴んだルシファーは、痛みを感じさせない動きで折って引き抜いた。表情を失っていた美貌が、妖艶な笑みを作る。獲物を見つけた愉悦の笑みに、ベルゼビュートは諦めの声を零した。
「……壊れてしまうのね」
空になった両手が軽くて、信じられずに両手のひらを見つめた。
「リリ、ス……?」
一緒にいると言った。どれを選んでも一緒にいられると――だから選んだのだ。本来の彼女が歩むべきだった12歳に戻れば、失われた時間を一緒に歩める。リリスが消えた腕を茫然と見つめた。
オレは選択を間違えたのか?
これは何の罰だろう。8万年の長き時間を、魔族のために費やした。魔王を選ぶ大戦を終結させ、弱者を守り育て、世界の調和を保つ。処罰は厳しく、しかし慈愛を忘れぬよう振る舞い、母なる魔の森が生み出すすべての種族を守った。
その結果が、これか?
生きた長い年月に比べたら、わずかな時間しか隣にいなかった。たった十数年……瞬きほどの時間が脳裏を過り、狂いそうな感情が爆発する。眠らない赤子を抱いてあやし、何も知らない無垢な子供を導き育て、己のミスで失った。代償を払って取り戻したあの子が――なぜ、今はオレの腕にいない?
欲したのは隣にいる愛し子の笑顔。
ただ一つの望みすら叶わない世界など――『 』!!
「ルシファー様っ!」
焦って手を伸ばしたアスタロトの結界がはじけ飛ぶ。触れた瞬間に粉々に砕かれた結界は、彼を守らなかった。大聖堂の壁に叩きつけられたアスタロトを、ベルゼビュートが背に庇う。
「今は無理よ」
何を言っても通じない。見開いた銀の瞳は濁り、何も映していなかった。整えたはずの指先には鋭く長い爪が生まれ、自傷する形で頬を切り裂く。リリスが触れた接吻けの後を辿るように、額を頬を傷つけた。流れる赤い血は重力に逆らう形で周囲に飛び散る。
背の4枚の羽が広げられ、その間からさらに4枚が解放された。舞い上がる純白の髪は、乱れた魔力が切り裂いていく。踊るようにうねる風が制御を失って大聖堂の屋根を突き破った。落ちる瓦礫に、慌ててルキフェルが魔法陣を作り出す。
「逃げて」
声をかけ、足元で人族を屠っていた獣人族に魔法陣を展開した。範囲指定をする時間が足りず、人族も魔族も関係なく命ある者を全員飛ばす。飛ばした地点の安全確認はできなかったが、獣人の強靭な生命力を信じるしかなかった。この場に残したら、彼らに生き残る道はない。
「……どうしてでしょう」
ルシファーの選択が間違ったとは思わない。リリスの言葉が正しいなら、どの選択肢でも彼女は失われないはずだった。ベールやアスタロトが気づかない穴があったとは思えず、困惑の声が零れた。
「そんなの後だよっ!! ……僕達で止められる?」
ルキフェルの叫び声は、後半が不安そうに揺らいだ。こんな狂人めいた魔王を止められるとしたら、4人の大公だけ。かつて彼と正面から戦った3人はともかく、ルキフェルは穏やかになった後の魔王以外知らない。
泣き言に近い疑問を、我に返ったベールが切り捨てた。
「止められるかどうか、迷う時間はありません」
弱音を吐く時間はない。
自傷したルシファーの赤く染まった爪が、剣のように銀の光を帯びた。ルシファーの武器は死神の鎌が有名だが、これは後になって得た力だ。魔の森に突然生まれた頃の彼を知るベールは、舌打ちして己の武器を呼び出した。
アスタロトが弾き飛ばされた状況から、近づくのは悪手だった。身長より大きな弓を構え、魔力だけで作る矢をつがえる。右手が掴む矢羽根は3本、すべて属性が違う矢を同時に放った。
まっすぐ飛んだ炎の矢が、ルシファーの爪の一閃で避けて落ちる。時間差で左側の死角を狙う氷の矢が一瞥で砕けた。最後に背中へ回り込む風の矢へ、口元の血を拭ったアスタロトが魔力を乗せる。加速した矢が背の翼に突き刺さった。
8枚の翼の2枚を貫いた矢から、ぽたりと血が流れる。無造作に鏃を掴んだルシファーは、痛みを感じさせない動きで折って引き抜いた。表情を失っていた美貌が、妖艶な笑みを作る。獲物を見つけた愉悦の笑みに、ベルゼビュートは諦めの声を零した。
「……壊れてしまうのね」
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