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41章 溺愛の弊害

551. 生き残りは一切認めぬ

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 もう後ろへ引く事はない。人族を最低限の数まで減らして、魔物のように管理下に置く宣言だった。発令された命令は魔力に乗って風に運ばれ、すべての魔族へ通達される。ルシファーが魔王になった時から、当たり前のように備わった力だった。

 魔の森が続く範囲内は、必ず通達が届く。ざわりと魔族の歓喜が返ってきた。伝わるのは復讐に燃える魔獣の喜び、許可を得て人族を排除できると笑う魔族の愉悦……どちらもルシファーの意向に沿うものだ。

「お待たせいたしました、あなた様の剣が参りましたわ」

 綺麗に巻いた自慢の巻毛を揺らす薄桃色の女王は、鮮やかなロイヤルブルーのドレスで一礼する。戦場へ向かう彼女なりの制服だった。こぼれそうな胸元は白く、輝くサファイアが揺れる。臍近くまで入った胸元の切れ込み、背中を大胆に見せるデザイン、そして腰骨まで晒すほどの足元のスリット。

 速さと鋭い感覚を極限まで活かすため、彼女は素肌のみの戦いを好む。限りなくそれに近い状態を作り出した美女は、婉然と微笑んで一礼した。

「存分に刃を振るうがいい」

 許可を与えたルシファーの銀の瞳に感情は浮かばない。普段ならば人族を気遣う色を浮かべるのに、冴え冴えとして冷たく光を弾くだけ。常に傍らに控える側近である大公ですら、滅多にみられない本来の魔王としての姿だった。

 神々しいまでの冴え冴えとした美貌、誰よりも力にあふれた白銀の刃に似た鋭さ、口元に浮かんだ笑みが残酷さを引き立てる。吸血鬼王、幻獣霊王、精霊女王を従えた当時から変わらぬ、魔王の本質だった。慈悲深く振る舞い、己を律しても隠し切れない。

「あなた様の思うまま、私は手足となりましょう」

 配下の精霊や妖精族を呼び寄せる。女王の招集に応じた精霊が先に到着し、風を乱し、水を降らせ、炎を巻き上げた。大地は荒れ狂い、人族を翻弄する。

「おや、早くしないと獲物が足りなくなりますね」

 すでに返り血で赤く染まるアスタロトは、べっとりと濡れた髪をかき上げ、月がかかった空を見上げた。継続した王朝ミヒャール、分家が興したガブリエラ、どちらも比類なき強者である魔王に弓引いて滅びた。最後に残されたタブリスの王都を眺め、口元を歪める。

 精霊が駆け抜けた都に、エルフ達が武器を手に駆け込んだ。フェンリルを頂点とする魔獣が地を走り、やがて天の覇者たるペガサスに率いられた翼ある魔獣が空を覆う。数年前の魔王妃誘拐が原因で滅びた都のように、盛大に散ればいい。

「ずるい」

 文句を言いながら転移したルキフェルが、手を繋いだベールを見上げる。その背後に緊急招集に応じた貴族や魔王軍の精鋭が並んだ。獣人や鳳凰、ドラゴン種が一斉にひれ伏す音で大地が揺れる。

 のけ者にされたと文句を言うルキフェルが背にドラゴンの翼を広げた。ばさりと音を立てるかぎ爪のある翼は、青年になった身体を覆い尽くすほど大きい。ベールが膝をつき、ルキフェルも同様に礼を取った。

「我らの頂点たる魔王陛下のご下命に従い、魔王軍および臣下一同参上いたしました」

「ご苦労」

 無邪気に手を振るリリスに、何人かの顔見知りが手を振り返した。側近の少女やイポスも駆け付けており、少し離れた場所で膝をついて控える。

「リリス、この場で待つか?」

 魔族の戦える種族はほぼ集まった。ならば血腥い行為が繰り広げられるのは間違いなく、わざわざリリスに見せたい光景ではない。以前も同じことを聞いたな。懐かしさに目を細めたルシファーの髪を引っ張り、リリスは小さな声で告げた。

「パパと一緒にいる」

 大きな赤い瞳は澄んでいて、暗い感情は見受けられない。当たり前のことのように告げられ、ルシファーはわずかに表情を和らげた。視線を合わせた時間は短く、首を垂れた魔族を見渡したルシファーは頭上から彼らに命じる。

「人族の国を亡ぼし、都の人族を滅ぼせ。魔王の名の下に、生き残りは一切認めぬ」
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