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41章 溺愛の弊害

544. 大好き、パパ

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 魔の森の外縁はぴたりと成長をやめた。休暇ついでに確認したルシファーは、森と草原の境目に立って振り返る。うっそうと茂る魔の森は、緩衝地帯として設けた森を吸収して成長した。人々の砦や集落を飲みこんで、大きな都のすぐ手前まで広がっている。

 残酷な魔の森の掟は、人族でも魔族でも関係なく適用された。踏み入る者に生きる強さがなければ、森が生んだ魔物に食い殺され、朽ちて森の養分となる。さきほど抜けてきた森の中に、以前滅ぼした砦の残骸があった。崩れた建物の内側から生えた木が葉を揺すり、煉瓦造りの砦は瓦礫と化している。

 人が住める環境ではない。魔族にとって魔の森は母なる存在だった。食料である魔物を生み、豊かな自然の恵みを与え、夜は優しく包んでくれる。木々を傷つければ魔力や命を奪われるが、それは魔族の考え方の基礎となっていた。

 強者が弱者を生かすのだ。弱者を殺すも生かすも、強者の心ひとつ――弱肉強食の教えは、どの種族でも共通した思想の根幹だった。

 この森の中で、人族だけが生活できない理由はわからない。ルシファーにとって、同じ世界の住人という括りである人族は、魔の森にとって異物なのだろうか。

 見上げた先で、豊かな森はざわりと葉を揺らす。枝を風にしならせ、大きく太い幹が大地を支え、根は世界を抱き締めていた。

「リリス」

「なあに?」

 きょとんとした顔で、遊んでいた人形から顔をあげる。幼子の表情に曇りはなく、機嫌は麗しい様子だった。ほっとしながら考えを纏めるために話しかける。

「リリスにとって、魔の森はどんな存在だ?」

「うんとね! ママだよ!!」

 端的に答えた単語に、ぴくりと反応してしまう。かつてリリスは押し掛けた女性達に恐怖し、ママは要らないと泣いた。あれ以来、その単語は出来るだけ聞かせないよう注意していたが……本人の口から出たのは意外だ。驚いて可愛い顔をじっと見つめる。

 しかしある意味、納得できる答えだった。己を裏切らず、押しつけがましい言動をせず、ただ包み込んで愛してくれる存在という意味なら、魔の森は魔族にとって母親だ。

「そうか」

 微笑んで頬ずりすると、そっと小さな手が伸ばされた。ルシファーの額に触れてから頬まで滑り落ちる。顔の形を確かめるようになぞって、にっこり笑った。

「あのね、リリス大きくなれるよ?」

 突然の宣言に、銀の瞳が見開かれた。赤子から3歳に急成長したあと、リリスに成長条件を尋ねたことがあった。魔の森に魔力が戻れば、元の年齢に戻れると彼女は言ったが……今はもう魔力が満ちたのだろうか。

「大きく……何歳くらいだ?」

「前にときくらい」

 腕の中で冷たくなるリリスの姿が過る。徐々に失われる血と体温が怖くて、必死で魔力をかき集めた。あの忌まわしい記憶の中の疑問が、最悪の形で肯定される。

 ――あの瞬間、確かに一度リリスは失われた。

 彼女は蘇ったのだ。詳しい事情は分からぬが、一度死んで戻った。全魔力を使い果たしたというアスタロト達の予測は、当たったらしい。失われた魔力をルシファーが補ったから生きている。

 けろりと告げられた軽い口調と裏腹の重い事実に、ルシファーは何も言えなかった。心臓が締め付けられる冷たい感覚に、血の気が引く。

「パパ、泣かないで。リリスいるよ、ほら」

 頬の手が慰めるように動いて、ようやく自分が涙を流していると気づいた。ぎこちなくも笑みを浮かべるが、口元が引きつる。

「ずっといる。大好き、パパ」

 止まらない涙をそのままに、ルシファーは腕の中の宝物に縋る。失う恐怖を知るからこそ、奇跡が積み重なる今を抱きしめた。
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