上 下
531 / 1,397
39章 それも魔王の仕事なのか?

528. 洞窟に貯めてみたかったんです

しおりを挟む
 少女達の恋愛話に、入り口に立つイポスも困惑した表情だった。実はイポスも婚約者がいない。まだ結婚適齢期に達しない少女達と違い、彼女は己の人生を魔王妃警護に費やす気でいた。しかしつい先日、父であるサタナキア公爵に「孫の顔をみせて欲しい」と懇願されたのだ。

 父親に溺愛されて育った彼女としては、その願いを叶えたい。しかし結婚して出産、育児となれば……リリスを守る護衛騎士の立場が邪魔をする。なんとか子供だけ産んだら、父に任せてしまおうか。そんな投げやりな案まで浮かぶほど追い詰められていた。

 そのため、レライエの婚約話が他人事とは思えなかった。多少の同情と羨望を含んだ眼差しを向ける。その隣をするりと水色の髪の青年が通り抜けた。

「ルシファー、呼んだ?」

 レライエの両親に連絡を取ったところ、ルキフェルに一任するとの回答があった。そのため呼ばれたルキフェルが顔を見せる。

「ロキちゃん、こっち」

 手招きされて入室したルキフェルだが、さすがにリリスが叩く隣には座らなかった。外見的にもそろそろ子どもの域を脱していることを、本人が自覚したためだ。魔王妃に決まっている幼女の隣に座る年齢は過ぎた。しかりリリスにそんな大人の事情は関係ない。

「ロキちゃん、こっちにお座りして」

「お座りは使っちゃダメだ! あと、リリスの隣に座れるのはオレだけだぞ。ルキフェルが周囲に悪く言われたら嫌だろう」

 きっちり言い聞かせると「ごめんね、ロキちゃん」としょんぼりしたリリスが俯く。頭を撫でてやり、拗ねた幼女を抱き締めた。正面から抱き締められたリリスの手が、おずおずと背中に回される。

「いい子だ、リリス」

 いつまでも子供のままでは居られない。少しだけ理解したリリスは、背中を叩くルシファーの手に甘えて頭を押し付けた。

「ごめんね、リリス。僕はもう大きくなっちゃったから。抱っことかダメなんだよ」

「うん」

 ルシファーの側近だからこそ、大公はやっかみや妬みを受けやすい立場だ。子供の姿であれば微笑ましい仕草も、今は眉をひそめる原因になってしまう。可哀想だが、今後のリリスの立場を思えば教えておく必要があった。

 無邪気なリリスには可哀想だが、今の彼女は『魔王妃候補』ではない。すでに魔王妃として認められた立場にいるのだ。いわゆる結婚式前だが、籍は入った状態がイメージしやすいだろう。妻としてすでに認められた以上、他の異性と仲良くする様子は問題になる。

「陛下、よろしいですか?」

 口を挟んだレライエが釣書の一文を指さした。

「アムドゥスキアスさんは、結構な資産があるようですけれど」

「どれ。確かに思ったより持ってるな。翡翠竜は鱗が高額で売れる種族だし、定期的に生え変わる。しかも数千年眠っていて消費しなかった資産を考慮すれば、このくらいの額は持っているかも知れん」

 ルキフェルも隣で覗き込んで「持ってるね」と感心した声を上げた。大公や公爵クラスでなければ見られない桁数の資産がある。黄金だけでなく宝石や城もあった。釣書が妙に厚いと思ったら、本人は財産目録を大量につけたらしい。性格なのか明細がしっかりしていた。

「私、嫁いでもいいですよ」

「え?!」

「条件があります。資産の7割を私がもらえて、あとはきちんと愛していただくこと。それからリリス様の側近のお仕事を続けられることです」

「……金に困っているなら相談に乗るぞ」

「僕も多少なら貸せるし」

 何もそんな身売りみたいな嫁入りをしなくても――悲しそうに切り出したルシファーや困惑したルキフェルへ、レライエはからりと笑った。まったく悲壮感はない。

「嫌ですわ、陛下もルキフェル大公も。いくら何でもお金で身売りはしません。ですが、ドラゴンは光物が好きですから……やっぱり洞窟一杯に貯め込んでみたいじゃないですか。夢がかなう上、愛してもらえて、尊敬する方のお手伝いをするやりがいのある仕事! 働く女性の求めるすべてが揃ってます」

 力説されて、なんだか説得されてしまったルシファーは「そうか」と呟いた。勢いに負けたともいう。城があるのだから洞窟に棲む予定はないと思うが……洞窟一杯に貯めたいのか。ドラゴンとの付き合いは長いが、そこら辺の感覚はわからない。

 問いかける眼差しに、ルキフェルは照れたように視線をそらして頬を赤く染めた。

「僕も……洞窟2本分ほど貯めています」

 同類だったことが判明し、新たに知った側近の習性にルシファーは無言を通した。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...