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37章 翡翠竜が運んだ嫉妬

504. 魔王の逆鱗を剥がす愚者

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 ピシャン! 雷が落ちた瞬間、ベルゼビュートは素早くヤンの首根っこを掴んで放り投げ、受け止めたルーシアごと、4人と1匹を結界で保護した。アスタロトに言われる前の迅速な行動は、今後の騒動を予見した大公としての措置だ。

 地脈の上にある魔王城は、常に自動修復の魔法陣が作動している。その城を1/4も破壊出来る実力者と魔王城の主人が争えば、この一帯が焼け野原と化しても不思議はなかった。

「今、そなたは何と言った? 余の花嫁を奪うと、そう宣言したのか」

 疑問ですらない。ルシファーの口元が歪んで笑みを作った。絶世の美貌を一瞬で、恐怖の象徴と変える笑みが、物騒な色を浮かべる。

「落ち着いてください。陛下、彼は何も知らず」

「知らなければ許されるとでも?」

 取りなし不要と切り捨てるルシファーの低い声に、アスタロトは身構えた。自分に向けられたのでなくとも、背筋が凍るほどの殺気と強大な魔力が渦を巻いている。触れると切れそうな鋭さを秘めた銀瞳が、側近を一瞥して戻された。

 僅かに目が合ったアスタロトは、息が詰まる思いで唇を噛み締める。これは逆鱗に触れた。

 魔力の渦に引かれて、空が曇っていく。雷が黒い雲の間で光り、空気全体が敵になったような息苦しさが広がった。

「やだ……ちょっと、無理かも」

 自らの身だけなら守れるが、少女達やヤンを守る余力はない。ベルゼビュートが弱音を吐いた。魔力が高いものほど強く影響を受け、アスタロトも頭痛を堪えるように額を押さえる。

「パパ?」

 きょとんとした顔で、リリスが声をあげた。彼女に影響はないらしい。魔力の質が近いせいかも知れない。アムドゥスキアスが告白したことも、気づいていない様子だった。

「……陛下、威圧を抑えてください」

「無理だ」

 アスタロトの要請を一刀両断。すぱっと即答で切り捨てた魔王の純白の髪が舞い上がる。見れば背に翼が8枚あった。こんな場面だが、魔王の魔力が回復している兆しを見つけてしまい、複雑な思いで肩を落とす。

 12枚全てを怒りに任せて広げられたら、大公クラスでも重傷者が出そうですね。アスタロトが何とか結界魔法陣を描き、魔力を紡いで威圧を軽減させた。ついでに結界を広げて後ろのベルゼビュートや少女達も包み込む。

「助かったわ、アスタロト」

「彼女達は無事ですか?」

 ゴメン寝姿で目と頭を抱えたヤンは身動ぎひとつしない。小型犬サイズなので、なんとも可愛らしい。ヤンを抱きとめたルーシアは倒れ、シトリーが支えながら膝をついていた。ルーサルカは口元を押さえて吐き気を堪え、レライエは翼を広げて魔王に向けて結界を張る。

 ベルゼビュートの結界の内側とはいえ、彼女達の優秀さが際立つ結果となった。真っ暗になった魔の森が、溢れる魔力を吸収してざわめく。

 渦巻く魔力が髪を舞いあげ、足りない翼を補うように踊らせた。大きな目を瞬かせたリリスは、無邪気に手で髪を追って握る。

「え? この子はお姫様で娘さんですよね? ……花、嫁?」

 結界で作った球体の中で、アムドゥスキアスは慌てている。ギリギリ持ち堪える結界は、ヒビが入り始めた。ぎしぎしと嫌な音が響く。

「愛し子にして、余の妻となる魔王妃リリスを、そなたはめとりたいと申したか。ならば死ね」

「知らなかった、ので……え?」

 ぱりん。玻璃はりが砕ける時に似た涼やかな破砕音で、結界が砕けた。魔王の威圧を正面から受けたアムドゥスキアスは、吹き飛ばされて背後の木にぶつかる。衝撃で元の大きさに戻った古代竜は、必死に抗おうと試みた。

 魔力を練ろうとするそばから、ルシファーに散らされる。口から血が吹き出し、圧迫された内臓が悲鳴をあげた。骨が軋み、肉が断絶する。翡翠の鱗がはらりと落ちた。

「陛下! この者も守るべき民、臣下です!」

 黙って見ていられず、つい叫んだアスタロトは魔力を叩きつけられて平伏ひれふした。
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