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36章 視察旅行は危険がいっぱい

494. 私的な荷物は控えめに

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 ひと騒動あったものの、視察予定地である魔の森の外縁がいえんに転移したルシファーは、安堵の息を吐きだした。出かける間際、リリスに与えた首飾りに気づいたベールが眉をひそめ、アスタロトが説教を始めたのだ。幼女だろうが魔王妃である以上、それなりの飾りは必要だと押し切ったので帰った後が怖い。

「我が君、この先は魔熊と魔角兎の領域ですな」

 かなり先に見えるひと際高い木が、魔の森の本来の外縁だった。森の外側を示す印のように聳え立つ大木が、今は森の中に埋もれている。それだけ森が外へ広がった証拠だ。

「思ったより侵食しているな」

 緩衝地帯の森があった場所はもちろん、さらに外の人族が住まう領域も森が覆い尽くしていた。魔族にとって母なる森の拡大は問題ないが、人族にとっては死活問題だろう。魔物1匹に数十人の犠牲が当たり前の人族が生きていくには、魔の森の環境は過酷過ぎた。

「木をった方がいいか? しかし周囲への弊害も考えると……難しい」

 うっかり木を伐り過ぎれば、魔族や魔物に影響が出る。体調不良で済めばいいが、生まれて間もない子供や病人から魔力を奪われれば、生存に関わる一大事だった。民の命がかかるため、判断は慎重に下さなくてはならない。

「陛下……それより先に解決すべき問題がありますわ」

 呆れを滲ませるベルゼビュートが、額を押さえながら後ろの少女達を振り返った。

「この状態で連れ歩くのは無理です」

 指摘されて、ルシファーも額を押さえる。腕の中のリリスも真似して額に手を当てるが、何を意味しているのか理解していないかも知れない。軍の敬礼になっていた。幼子の手を戻しながら、ルシファーは少女達に声をかける。

「その姿は、どうした?」

 まるで家出のような大量の荷物を抱えた少女達は、慌てて説明を始めた。

「休憩用のパラソルやテーブルセットです。あとお茶の道具一式と、念のために予備も一式あります」

「お昼寝用のお布団をお持ちしました」

「着替えもご用意しましたの」

「お菓子や食べ物もありますが、いざというときの調理道具です」

 キャンプか野営に行くような装備である。彼女らも収納空間を操るが、その中にも似たような道具類が入っていると思われた。なぜなら魔力が不安定だからだ。大量の荷物を維持するために収納空間に魔力を食われているのだろう。

「荷物はすべてこの上に置け」

 返しに行くとアスタロト達に掴まりそうなので、自分が預かることにする。魔法陣を大きめに描くと、次々と荷物が置かれた。山積みの道具や家具を下ろして、ほっとした表情を見せる少女達。手招きして全員の頭に軽く拳骨を落としていく。

「自分の許容量を超える収納は、いざというときに戦えなくなる。それもすべて出せ」

「「「「申し訳ありません」」」」

 魔法陣を二回りほど大きくすると、収納空間から取り出したソファや小型の組み立てベッド、ついにテントまで出てきた。用意は万端に整えるに限るが、今回はやりすぎだ。

 まとめて魔王城の空き部屋に転送した。必要ならば取り寄せればいい。桁違いの魔力を操るルシファーならではの解決方法で、巨大な荷物が消えた。

「魔熊が挨拶に参りましたぞ、我が君」

 魔力感知に引っ掛かっていた点の正体を、臭いで判別したヤンが告げる。巨体を器用に操りながら森の木々の間を抜ける熊が、一定の距離を開けて止まった。そこからぺたんと平らに伏せて、じりじりと近づいてくる。上位者に対する最上の礼を尽くす彼らに、ルシファーは自ら歩み寄った。

「熊さんだ! おはよう、ピンク可愛いでしょう」

 嬉しくて寝る間も見える場所に飾っていたドレスを自慢するリリスへ、熊が「くーん」と甘えた声を出す。同意らしい。言葉が通じないながら、リリスは嬉しそうに「ありがと」とお礼を言って手を振った。冬へ向かい餌を大量に食べる秋は短く、彼らも忙しいはずの季節だ。

「挨拶ご苦労、忙しいであろう。視察に同行せず、冬支度をせよ」

 命令する形を取って、彼らの時間を奪わないよう配慮する。冬ごもりは熊の習性であり、秋の食料確保や繁殖活動があった。秋に彼らを足止めすれば、冬ごもりに支障が出てしまう。

 ぐるるるる……低い声で喉を鳴らす魔熊達が敬愛を示す動作を見せたあと、一斉に走り出した。散っていく彼らを見送った直後、ベルゼビュートが「あっ」と声をあげる。

「どうした?」

「視察に必要な資料を忘れましたわ」

 余計なものを大量に担いできた側近少女達、本当に必要な物を忘れてくる精霊女王。先行き不安な視察に、ルシファーは肩を落とした。
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