497 / 1,397
36章 視察旅行は危険がいっぱい
494. 私的な荷物は控えめに
しおりを挟む
ひと騒動あったものの、視察予定地である魔の森の外縁に転移したルシファーは、安堵の息を吐きだした。出かける間際、リリスに与えた首飾りに気づいたベールが眉をひそめ、アスタロトが説教を始めたのだ。幼女だろうが魔王妃である以上、それなりの飾りは必要だと押し切ったので帰った後が怖い。
「我が君、この先は魔熊と魔角兎の領域ですな」
かなり先に見えるひと際高い木が、魔の森の本来の外縁だった。森の外側を示す印のように聳え立つ大木が、今は森の中に埋もれている。それだけ森が外へ広がった証拠だ。
「思ったより侵食しているな」
緩衝地帯の森があった場所はもちろん、さらに外の人族が住まう領域も森が覆い尽くしていた。魔族にとって母なる森の拡大は問題ないが、人族にとっては死活問題だろう。魔物1匹に数十人の犠牲が当たり前の人族が生きていくには、魔の森の環境は過酷過ぎた。
「木を伐った方がいいか? しかし周囲への弊害も考えると……難しい」
うっかり木を伐り過ぎれば、魔族や魔物に影響が出る。体調不良で済めばいいが、生まれて間もない子供や病人から魔力を奪われれば、生存に関わる一大事だった。民の命がかかるため、判断は慎重に下さなくてはならない。
「陛下……それより先に解決すべき問題がありますわ」
呆れを滲ませるベルゼビュートが、額を押さえながら後ろの少女達を振り返った。
「この状態で連れ歩くのは無理です」
指摘されて、ルシファーも額を押さえる。腕の中のリリスも真似して額に手を当てるが、何を意味しているのか理解していないかも知れない。軍の敬礼になっていた。幼子の手を戻しながら、ルシファーは少女達に声をかける。
「その姿は、どうした?」
まるで家出のような大量の荷物を抱えた少女達は、慌てて説明を始めた。
「休憩用のパラソルやテーブルセットです。あとお茶の道具一式と、念のために予備も一式あります」
「お昼寝用のお布団をお持ちしました」
「着替えもご用意しましたの」
「お菓子や食べ物もありますが、いざというときの調理道具です」
キャンプか野営に行くような装備である。彼女らも収納空間を操るが、その中にも似たような道具類が入っていると思われた。なぜなら魔力が不安定だからだ。大量の荷物を維持するために収納空間に魔力を食われているのだろう。
「荷物はすべてこの上に置け」
返しに行くとアスタロト達に掴まりそうなので、自分が預かることにする。魔法陣を大きめに描くと、次々と荷物が置かれた。山積みの道具や家具を下ろして、ほっとした表情を見せる少女達。手招きして全員の頭に軽く拳骨を落としていく。
「自分の許容量を超える収納は、いざというときに戦えなくなる。それもすべて出せ」
「「「「申し訳ありません」」」」
魔法陣を二回りほど大きくすると、収納空間から取り出したソファや小型の組み立てベッド、ついにテントまで出てきた。用意は万端に整えるに限るが、今回はやりすぎだ。
まとめて魔王城の空き部屋に転送した。必要ならば取り寄せればいい。桁違いの魔力を操るルシファーならではの解決方法で、巨大な荷物が消えた。
「魔熊が挨拶に参りましたぞ、我が君」
魔力感知に引っ掛かっていた点の正体を、臭いで判別したヤンが告げる。巨体を器用に操りながら森の木々の間を抜ける熊が、一定の距離を開けて止まった。そこからぺたんと平らに伏せて、じりじりと近づいてくる。上位者に対する最上の礼を尽くす彼らに、ルシファーは自ら歩み寄った。
「熊さんだ! おはよう、ピンク可愛いでしょう」
嬉しくて寝る間も見える場所に飾っていたドレスを自慢するリリスへ、熊が「くーん」と甘えた声を出す。同意らしい。言葉が通じないながら、リリスは嬉しそうに「ありがと」とお礼を言って手を振った。冬へ向かい餌を大量に食べる秋は短く、彼らも忙しいはずの季節だ。
「挨拶ご苦労、忙しいであろう。視察に同行せず、冬支度をせよ」
命令する形を取って、彼らの時間を奪わないよう配慮する。冬ごもりは熊の習性であり、秋の食料確保や繁殖活動があった。秋に彼らを足止めすれば、冬ごもりに支障が出てしまう。
ぐるるるる……低い声で喉を鳴らす魔熊達が敬愛を示す動作を見せたあと、一斉に走り出した。散っていく彼らを見送った直後、ベルゼビュートが「あっ」と声をあげる。
「どうした?」
「視察に必要な資料を忘れましたわ」
余計なものを大量に担いできた側近少女達、本当に必要な物を忘れてくる精霊女王。先行き不安な視察に、ルシファーは肩を落とした。
「我が君、この先は魔熊と魔角兎の領域ですな」
かなり先に見えるひと際高い木が、魔の森の本来の外縁だった。森の外側を示す印のように聳え立つ大木が、今は森の中に埋もれている。それだけ森が外へ広がった証拠だ。
「思ったより侵食しているな」
緩衝地帯の森があった場所はもちろん、さらに外の人族が住まう領域も森が覆い尽くしていた。魔族にとって母なる森の拡大は問題ないが、人族にとっては死活問題だろう。魔物1匹に数十人の犠牲が当たり前の人族が生きていくには、魔の森の環境は過酷過ぎた。
「木を伐った方がいいか? しかし周囲への弊害も考えると……難しい」
うっかり木を伐り過ぎれば、魔族や魔物に影響が出る。体調不良で済めばいいが、生まれて間もない子供や病人から魔力を奪われれば、生存に関わる一大事だった。民の命がかかるため、判断は慎重に下さなくてはならない。
「陛下……それより先に解決すべき問題がありますわ」
呆れを滲ませるベルゼビュートが、額を押さえながら後ろの少女達を振り返った。
「この状態で連れ歩くのは無理です」
指摘されて、ルシファーも額を押さえる。腕の中のリリスも真似して額に手を当てるが、何を意味しているのか理解していないかも知れない。軍の敬礼になっていた。幼子の手を戻しながら、ルシファーは少女達に声をかける。
「その姿は、どうした?」
まるで家出のような大量の荷物を抱えた少女達は、慌てて説明を始めた。
「休憩用のパラソルやテーブルセットです。あとお茶の道具一式と、念のために予備も一式あります」
「お昼寝用のお布団をお持ちしました」
「着替えもご用意しましたの」
「お菓子や食べ物もありますが、いざというときの調理道具です」
キャンプか野営に行くような装備である。彼女らも収納空間を操るが、その中にも似たような道具類が入っていると思われた。なぜなら魔力が不安定だからだ。大量の荷物を維持するために収納空間に魔力を食われているのだろう。
「荷物はすべてこの上に置け」
返しに行くとアスタロト達に掴まりそうなので、自分が預かることにする。魔法陣を大きめに描くと、次々と荷物が置かれた。山積みの道具や家具を下ろして、ほっとした表情を見せる少女達。手招きして全員の頭に軽く拳骨を落としていく。
「自分の許容量を超える収納は、いざというときに戦えなくなる。それもすべて出せ」
「「「「申し訳ありません」」」」
魔法陣を二回りほど大きくすると、収納空間から取り出したソファや小型の組み立てベッド、ついにテントまで出てきた。用意は万端に整えるに限るが、今回はやりすぎだ。
まとめて魔王城の空き部屋に転送した。必要ならば取り寄せればいい。桁違いの魔力を操るルシファーならではの解決方法で、巨大な荷物が消えた。
「魔熊が挨拶に参りましたぞ、我が君」
魔力感知に引っ掛かっていた点の正体を、臭いで判別したヤンが告げる。巨体を器用に操りながら森の木々の間を抜ける熊が、一定の距離を開けて止まった。そこからぺたんと平らに伏せて、じりじりと近づいてくる。上位者に対する最上の礼を尽くす彼らに、ルシファーは自ら歩み寄った。
「熊さんだ! おはよう、ピンク可愛いでしょう」
嬉しくて寝る間も見える場所に飾っていたドレスを自慢するリリスへ、熊が「くーん」と甘えた声を出す。同意らしい。言葉が通じないながら、リリスは嬉しそうに「ありがと」とお礼を言って手を振った。冬へ向かい餌を大量に食べる秋は短く、彼らも忙しいはずの季節だ。
「挨拶ご苦労、忙しいであろう。視察に同行せず、冬支度をせよ」
命令する形を取って、彼らの時間を奪わないよう配慮する。冬ごもりは熊の習性であり、秋の食料確保や繁殖活動があった。秋に彼らを足止めすれば、冬ごもりに支障が出てしまう。
ぐるるるる……低い声で喉を鳴らす魔熊達が敬愛を示す動作を見せたあと、一斉に走り出した。散っていく彼らを見送った直後、ベルゼビュートが「あっ」と声をあげる。
「どうした?」
「視察に必要な資料を忘れましたわ」
余計なものを大量に担いできた側近少女達、本当に必要な物を忘れてくる精霊女王。先行き不安な視察に、ルシファーは肩を落とした。
23
お気に入りに追加
4,963
あなたにおすすめの小説
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】過保護な竜王による未来の魔王の育て方
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
魔族の幼子ルンは、突然両親と引き離されてしまった。掴まった先で暴行され、殺されかけたところを救われる。圧倒的な強さを持つが、見た目の恐ろしい竜王は保護した子の両親を探す。その先にある不幸な現実を受け入れ、幼子は竜王の養子となった。が、子育て経験のない竜王は混乱しまくり。日常が騒動続きで、配下を含めて大騒ぎが始まる。幼子は魔族としか分からなかったが、実は将来の魔王で?!
異種族同士の親子が紡ぐ絆の物語――ハッピーエンド確定。
#日常系、ほのぼの、ハッピーエンド
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/08/13……完結
2024/07/02……エブリスタ、ファンタジー1位
2024/07/02……アルファポリス、女性向けHOT 63位
2024/07/01……連載開始
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる