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35章 勇者や聖女なんて幻想
478. 何も聞かないんですか?
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踵を返した魔王を見送ったアスタロトは、立ち尽くす青年を振り返った。僅か20年に満たぬ短い時間しか生きていない若者は、長寿のアスタロト達から見れば卵同然だ。幼過ぎて感情に振り回される様は、見ていて痛ましいほどだった。
「こちらへどうぞ」
促して歩き出すと、アベルが座り込んだ。芝の上で踏まれた花の中に、まだ生きている白い花が残っている。それを拾い上げる彼の仕草に、誤解が誤解を生んだパターンだと溜め息を吐いた。
このタイプの性格をした者は、他者に同情されると跳ねのける。本来は素直なのだが言葉にするのに多少の時間がかかり、謝ろうとする頃には誤解が膨らんで取り返しがつかなくなるのだ。悲劇の裏でアベルのような青年が苦しむのを何度も見た。
彼が落ち着くまで待つか。気長に対応する気になったのは、取り急ぎの仕事がなかったこと。なにより以前に気づけず見過ごしてしまった失態を思い出したからだ。助けられた命を見殺しにした経験が、アスタロトの苦い感情を呼び起こした。
「あの、お待たせしました」
拾った花を手の上に乗せたアベルを待って、頷いたアスタロトは東屋がある庭の奥へ足を進める。薔薇のガゼボは日当たり重視で噴水近くの明るい場所に設置されたが、木造の東屋は木陰となる庭の奥へ建てられた。
外から辛うじて存在がわかる程度の存在感の薄さから、よくルシファーが昼寝に逃げ込んだ場所だ。茂みをわけて入り込むと、まるで森の中に隔離されたような空間が広がっていた。
あの人の昼寝場所のセンスには感心します、よく見つけましたね。内心で苦笑いして、東屋の椅子へクッションを並べた。
「座ってください」
「はい」
侍女を呼ぶ気はないので、手早くお茶を用意して彼の前に置いた。ずっと花を離さないアベルの手元に気づき、ガラスの器に水を満たして差し出す。顔を上げたアベルに「花を活けてはいかがですか」と提案した。頷いたアベルが、そっと水の上に白い花を乗せる。
浮いた花がガラス越しの光に輝いて見えた。
「……何も聞かないんですか? あの子を泣かせちゃったのに……」
「聞いて欲しいなら伺いますよ」
話しても話さなくてもいい。選択を委ねるアスタロトは、自分の前に用意したお茶に口をつけた。心が落ち着くよう用意したハーブティーのカップを両手で包んだアベルは、ぽつりぽつりと話し始める。まるでカップの中のお茶に話しかけるように。
「僕は別に、あの子を泣かせたかったんじゃ……ないんです。望んだんじゃないのに知らない世界で、嫌な思いばかりして。なのに先輩やアンナちゃんも、みんな僕が悪いみたいに言うけど。何か悪かったなら、言ってもらわなきゃ……わかんないよ」
途中から愚痴になって、手にしたカップにぽつりと雫が落ちる。感情が高ぶりすぎた涙を見ないフリで、アスタロトは「そうですか」と相槌を打った。
「僕がいなきゃ、僕が魔王様に助けを求めなきゃ……アンナちゃんも先輩も死んでたのに」
「それが悔しかったのですか?」
同調するようでいて、諭すような声にアベルは首を横に振った。
「違う、違うんだ! ただ……僕だけのけ者にして。僕がこんなに不幸なのに、あの子は幸せそうだったから……ッ。でも傷つけたかったんじゃない」
羨ましくて、意地悪をしたくなった。いきなり近づいてきたあの子の無邪気さが怖くて、差し出した手を弾いてしまったのだ。後ずさろうとして踏んだ花に、すこしだけ気分がすっとした。白い花に罪はなくて、あの子も悪くない。だったら僕が悪かったのかな。
呟く感情を黙って受け止めるアスタロトが「少し昔話をしましょうか」と切り出した。
「こちらへどうぞ」
促して歩き出すと、アベルが座り込んだ。芝の上で踏まれた花の中に、まだ生きている白い花が残っている。それを拾い上げる彼の仕草に、誤解が誤解を生んだパターンだと溜め息を吐いた。
このタイプの性格をした者は、他者に同情されると跳ねのける。本来は素直なのだが言葉にするのに多少の時間がかかり、謝ろうとする頃には誤解が膨らんで取り返しがつかなくなるのだ。悲劇の裏でアベルのような青年が苦しむのを何度も見た。
彼が落ち着くまで待つか。気長に対応する気になったのは、取り急ぎの仕事がなかったこと。なにより以前に気づけず見過ごしてしまった失態を思い出したからだ。助けられた命を見殺しにした経験が、アスタロトの苦い感情を呼び起こした。
「あの、お待たせしました」
拾った花を手の上に乗せたアベルを待って、頷いたアスタロトは東屋がある庭の奥へ足を進める。薔薇のガゼボは日当たり重視で噴水近くの明るい場所に設置されたが、木造の東屋は木陰となる庭の奥へ建てられた。
外から辛うじて存在がわかる程度の存在感の薄さから、よくルシファーが昼寝に逃げ込んだ場所だ。茂みをわけて入り込むと、まるで森の中に隔離されたような空間が広がっていた。
あの人の昼寝場所のセンスには感心します、よく見つけましたね。内心で苦笑いして、東屋の椅子へクッションを並べた。
「座ってください」
「はい」
侍女を呼ぶ気はないので、手早くお茶を用意して彼の前に置いた。ずっと花を離さないアベルの手元に気づき、ガラスの器に水を満たして差し出す。顔を上げたアベルに「花を活けてはいかがですか」と提案した。頷いたアベルが、そっと水の上に白い花を乗せる。
浮いた花がガラス越しの光に輝いて見えた。
「……何も聞かないんですか? あの子を泣かせちゃったのに……」
「聞いて欲しいなら伺いますよ」
話しても話さなくてもいい。選択を委ねるアスタロトは、自分の前に用意したお茶に口をつけた。心が落ち着くよう用意したハーブティーのカップを両手で包んだアベルは、ぽつりぽつりと話し始める。まるでカップの中のお茶に話しかけるように。
「僕は別に、あの子を泣かせたかったんじゃ……ないんです。望んだんじゃないのに知らない世界で、嫌な思いばかりして。なのに先輩やアンナちゃんも、みんな僕が悪いみたいに言うけど。何か悪かったなら、言ってもらわなきゃ……わかんないよ」
途中から愚痴になって、手にしたカップにぽつりと雫が落ちる。感情が高ぶりすぎた涙を見ないフリで、アスタロトは「そうですか」と相槌を打った。
「僕がいなきゃ、僕が魔王様に助けを求めなきゃ……アンナちゃんも先輩も死んでたのに」
「それが悔しかったのですか?」
同調するようでいて、諭すような声にアベルは首を横に振った。
「違う、違うんだ! ただ……僕だけのけ者にして。僕がこんなに不幸なのに、あの子は幸せそうだったから……ッ。でも傷つけたかったんじゃない」
羨ましくて、意地悪をしたくなった。いきなり近づいてきたあの子の無邪気さが怖くて、差し出した手を弾いてしまったのだ。後ずさろうとして踏んだ花に、すこしだけ気分がすっとした。白い花に罪はなくて、あの子も悪くない。だったら僕が悪かったのかな。
呟く感情を黙って受け止めるアスタロトが「少し昔話をしましょうか」と切り出した。
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