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35章 勇者や聖女なんて幻想
474. 幼女の最強召喚術
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魔犬族や侍女に連れられて部屋を出た兄妹の様子を観察していたアスタロトが、ルシファーへ向き直った。
「勇者のみ送り返すつもりですか?」
「なぜそう思った」
問い返すルシファーの口元に笑みが浮かぶ。アスタロトは呆れたと溜め息をついた。何年側に仕えたと思っているのか、この人の考え方は理解したつもりだ。そうでなければ、ルシファーが命じる前に動き手配することが出来ないではないか。
「あの2人がお気に召したようですから」
意味ありげな言い方をする。ルキフェルが魔法陣を完成させる可能性は高く、おそらく9割以上の確率で使える状態にするはずだ。しかし発動することと安全性はイコールではなかった。
ルシファーもアスタロトも現場で、あの魔法陣を一度目にしている。召喚を逆転させるための魔力の巡りは複雑でよく考えられていた。しかし発動させるには、召喚者の安全に配慮しなければならない。
ルキフェルが何らかの対策を見つけない限り、逆召喚の対象者は命を奪われるだろう。根こそぎ魔力を奪われれば、命を維持出来なくなる。
魔力の巡りが複雑だということは、その回路の変更は難しい。魔法陣の中にいる者の魔力すら発動要素とする魔法陣では、かなりの危険が伴うのは間違いなかった。気に入った者が死ぬかもしれないなら、助けようと考えるのは至極当然だ。
「どちらにしろ、彼らが選ぶことだ」
オレが口出しする話じゃない。切り捨てた声は柔らかく、心配を滲ませていた。出来れば死なせたくないと考える魔王の甘さも、アスタロトは納得している。全員魔法陣へ放り込んで片づけてしまえと求めたいが、ルシファーは顔をしかめるだろう。
ソファから立ち上がろうとしたルシファーが顔色を変えた。
「リリス!?」
叫んで強引に転移魔法陣を描く。反発する城の魔法陣を強引にねじ伏せたルシファーの白い肌に、赤い血が滴った。逆凪がルシファーを切り裂いていく。
「おやめください、ルシファー様」
叫んだアスタロトが伸ばした手が触れる前に、ルシファーは無理やり転移する。絨毯やソファに残された血と千切れた髪を回収し、アスタロトは魔王の魔力を辿って駆け出した。
「リリス様、お下がりください」
「失礼ですわ」
無言で剣を抜いたイポスの後ろで、幼女は泣きそうな顔をしていた。跳ねのけられた手から落ちた花が、目の前で踏み躙られる。花壇から積んだばかりの花が上げる悲鳴が聞こえる気がした。
散歩中に偶然出会った幼女は、華やかな美しい少女達を連れてご機嫌だった。摘んだ白い花を手に無邪気に笑い、こちらを見て目を輝かせる。すごく眩しく見えた。
自分は何も悪いことをしていないのに、知らない世界に誘拐されて虐待され、戦って死ねと放り出された。なのに、この子は最強の魔王に庇護され愛されて幸せそうだ。
羨んでも妬んでも変わらない。分かっているのに腹が立った。駆け寄ってきた彼女が「これをあげる」と白い花を差し出した瞬間、かっとなる。気づけば手を振り払って、彼女の落とした花をにじった。
目を潤ませて唇を尖らせた幼女の顔に、悪いことをしたと思うのに……謝る言葉が出る前に少女達が先に責め立てた。謝ろうと思った気持ちがねじ曲がっていく。
「この方は魔王妃であらせられるのよ」
「手を振り払うなんて! 下がりなさい」
失礼だと騒ぎ立てるシトリーやレライエが、リリスの立場を口にした。上位者であるリリスに対する失礼な態度を咎める彼女達の声は、勇者アベルの気持ちを逆立てただけだった。反省するより、いきなり責められた理不尽さが怒りに火をつける。
「……誰も彼も僕をバカにする」
そう口にしたアベルの耳に、幼女の言葉は届かなかった。
「黒いの、絡みついてる――パパ」
半泣きのまま、視えてしまった黒い色を伝えようとルシファーを呼んだリリスの声は、召喚の響きをもって魔王を呼び寄せた。
「勇者のみ送り返すつもりですか?」
「なぜそう思った」
問い返すルシファーの口元に笑みが浮かぶ。アスタロトは呆れたと溜め息をついた。何年側に仕えたと思っているのか、この人の考え方は理解したつもりだ。そうでなければ、ルシファーが命じる前に動き手配することが出来ないではないか。
「あの2人がお気に召したようですから」
意味ありげな言い方をする。ルキフェルが魔法陣を完成させる可能性は高く、おそらく9割以上の確率で使える状態にするはずだ。しかし発動することと安全性はイコールではなかった。
ルシファーもアスタロトも現場で、あの魔法陣を一度目にしている。召喚を逆転させるための魔力の巡りは複雑でよく考えられていた。しかし発動させるには、召喚者の安全に配慮しなければならない。
ルキフェルが何らかの対策を見つけない限り、逆召喚の対象者は命を奪われるだろう。根こそぎ魔力を奪われれば、命を維持出来なくなる。
魔力の巡りが複雑だということは、その回路の変更は難しい。魔法陣の中にいる者の魔力すら発動要素とする魔法陣では、かなりの危険が伴うのは間違いなかった。気に入った者が死ぬかもしれないなら、助けようと考えるのは至極当然だ。
「どちらにしろ、彼らが選ぶことだ」
オレが口出しする話じゃない。切り捨てた声は柔らかく、心配を滲ませていた。出来れば死なせたくないと考える魔王の甘さも、アスタロトは納得している。全員魔法陣へ放り込んで片づけてしまえと求めたいが、ルシファーは顔をしかめるだろう。
ソファから立ち上がろうとしたルシファーが顔色を変えた。
「リリス!?」
叫んで強引に転移魔法陣を描く。反発する城の魔法陣を強引にねじ伏せたルシファーの白い肌に、赤い血が滴った。逆凪がルシファーを切り裂いていく。
「おやめください、ルシファー様」
叫んだアスタロトが伸ばした手が触れる前に、ルシファーは無理やり転移する。絨毯やソファに残された血と千切れた髪を回収し、アスタロトは魔王の魔力を辿って駆け出した。
「リリス様、お下がりください」
「失礼ですわ」
無言で剣を抜いたイポスの後ろで、幼女は泣きそうな顔をしていた。跳ねのけられた手から落ちた花が、目の前で踏み躙られる。花壇から積んだばかりの花が上げる悲鳴が聞こえる気がした。
散歩中に偶然出会った幼女は、華やかな美しい少女達を連れてご機嫌だった。摘んだ白い花を手に無邪気に笑い、こちらを見て目を輝かせる。すごく眩しく見えた。
自分は何も悪いことをしていないのに、知らない世界に誘拐されて虐待され、戦って死ねと放り出された。なのに、この子は最強の魔王に庇護され愛されて幸せそうだ。
羨んでも妬んでも変わらない。分かっているのに腹が立った。駆け寄ってきた彼女が「これをあげる」と白い花を差し出した瞬間、かっとなる。気づけば手を振り払って、彼女の落とした花をにじった。
目を潤ませて唇を尖らせた幼女の顔に、悪いことをしたと思うのに……謝る言葉が出る前に少女達が先に責め立てた。謝ろうと思った気持ちがねじ曲がっていく。
「この方は魔王妃であらせられるのよ」
「手を振り払うなんて! 下がりなさい」
失礼だと騒ぎ立てるシトリーやレライエが、リリスの立場を口にした。上位者であるリリスに対する失礼な態度を咎める彼女達の声は、勇者アベルの気持ちを逆立てただけだった。反省するより、いきなり責められた理不尽さが怒りに火をつける。
「……誰も彼も僕をバカにする」
そう口にしたアベルの耳に、幼女の言葉は届かなかった。
「黒いの、絡みついてる――パパ」
半泣きのまま、視えてしまった黒い色を伝えようとルシファーを呼んだリリスの声は、召喚の響きをもって魔王を呼び寄せた。
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