上 下
457 / 1,397
33章 人族の勢力バランスなんて知らん

454. 悪いことするから、きらい

しおりを挟む
 淡々とした報告の声が響く。それはすなわち、すでに行われた行為を並べる作業だった。これから行われる処罰に対する許可は必要ない。なぜならば議決されて施行された法に反した種族への処罰は、魔王軍の管轄に入るためだ。この処罰に魔王の個人感情が反映されることはなかった。

「異世界への干渉、異世界の住人を強制的に召喚した行為、また弱者への虐待および不本意な戦いの強制はすべて違法行為です」

 罪状は明らかと、アスタロトは冷めた眼差しで報告書を読み上げた。異世界へ干渉した時期に魔の森が急成長したため、その因果関係はルキフェルが調査を行う。しかし魔の森により都が飲み込まれた人族は自業自得とはいえ、他の種族にとっても影響は大きかった。

 勝手に他の世界から連れてきた挙句、勝手に失望して放り出した勇者やしいたげられた聖女、閉じ込められたイザヤの処遇に関しては、同情的な意見が多数寄せられている。

 魔族にとって弱者は踏みにじる対象ではなく、保護すべき存在だった。もちろん魔物を食料としたり、同族同士で優劣を競うために戦うことはある。しかし知らない世界で困惑する被害者を一方的になぶる行為は、下の下とさげすまれる類だ。

 無法地帯だと思われている魔族の領域は、きちんとした法治国家として機能してきた。多少腕力に物を言わせる傾向が強いだけで、どの種族も己の権利と義務をきちんと理解している。寿命が長い分だけ、学ぶ時間が多いことも影響した。人族よりよほど知識量も豊富だ。

「今後の召喚を止めるため、魔法陣に関わるすべての研究を破壊して破棄します。また人族に残された知識を消し去るため、実際に使用したガブリエラ国と開発したミヒャール国は滅ぼすことにしました。これは異世界からの召喚者に対する不遇への制裁も兼ねております」

「……なるほど」

 反対しづらい。そこまでしなくても、王侯貴族以外は関係ないのではないか? そう恩情を求めようとしたルシファーだが、異世界人への虐待の制裁も兼ねると言われたら、なんとも口を挟みづらかった。そのあたり外交担当の文官トップであるアスタロトの得意手法だ。

「パパは嫌なの?」

 絶妙のタイミングでリリスが尋ねる。その声は不思議そうな色を浮かべており、赤い瞳がぱちりと瞬きした。子供の素直な問いかけに、ルシファーは答えに詰まる。

 2つの国を亡ぼせば難民がたくさん出る。残ったタブリス国が持ちこたえられるのか。そして召喚魔術を消滅させる中で、大量の死人が出ることに懸念もあった。

 人族は寿命が短く、あっという間に都が生まれて滅びる。彼らのサイクルでいけば、魔族への恨みなどすぐ消えそうな気がした。しかし常に彼らは魔族を攻撃対象として認識する。

 まるで遺伝子に埋め込まれた原始の記憶が存在するかのように、勇者を探し出して育て上げ、こちらに送り込んできた。その歴史を考えると、また国を滅ぼすことで魔族に危害を加える者を育てるのではないか。

「……少し考え事をしていた」

 嘘でないぎりぎりの範囲で誤魔化す。髪を一房掴んだリリスが「ふーん」と納得しない声で口を尖らせた。抱き寄せて背中を叩くと、リリスが小さく息をつく。

「リリスはね、人族きらい」

 珍しいリリスの発言に驚いた。他者に対して好きを表明することはあっても、嫌いだと言い切ることは滅多にない。食べ物、服、玩具に対して首を横に振っても、人に対しては口にしなかったのに。

 驚いて彼女の顔を覗き込むと、ぷっくりと頬が膨らんでいた。

「だってパパに悪いことするし、痛いのするもん。森も痛いのに伐るじゃん。鱗の人や花の人にも悪いことするから、きらい」

 人族に対する哀れみ感情が、すっと収まる。幼いリリスの表現は拙いが、魔族が感じる苛立ちや怒りを端的に表していた。それだけ彼女の感性が敏感なのだ。

「そうだな」

 ぎゅっと頬をすり寄せる。

「ルシファー様、会議中ですよ」

 窘めるように告げるアスタロトだが、彼の口調もプライベートのそれに変わっていた。毒気を抜かれた状態で、見回した大広間の魔族が微笑ましく見守る。

「詳細を報告せよ」

 命じたルシファーの声に、場がぴりりと引き締まる。進み出たベールが、すでに行われた制裁と今後予定される粛清を口にした。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...