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33章 人族の勢力バランスなんて知らん

447. 帰るという響きの不吉さ

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 ルキフェルが降り立った場所にいたのは、1人の青年だった。明らかに人族程度の魔力しか持たない、無力な男の姿に眉をひそめる。青ざめているがクリーム色の肌に黒髪、黒い目。聖女とよく似た色彩の男は諦めた様子で、武器をすべて目の前に並べた。

 塔の一室らしい。上階に用意された部屋は、ベッドなどの寝具と簡易トイレ、机椅子程度の家具しかなかった。私物らしきものは、机の上に畳まれた服が一揃いだけ。臨時滞在ならともかく、普段から生活する部屋には見えなかった。その部屋の椅子に、弓がひとつ立て掛けられている。

「ぐぎゃぁああ!」

 追いかけてきたドラゴン達が周囲の塔に乗っかる。鋭い爪を突き立ててバランスを取るが、足元の柱や壁をドワーフが崩していたため、ドラゴンの荷重に耐えきれず崩れ始めた。瓦礫の山を築いたドラゴンは、ルキフェルのいる中央の塔へ人型で舞い降りた。魔法陣で衣服を着替えると、がっちりした体形の男達が少年を取り囲む形で集まる。

「矢を射たの、あんた?」

「ああ、そうだ。魔王を殺せばと聞いた」

 帰る……家族がいる家にという意味の言葉が、なぜか違う響きに聞こえた。問い直そうとした瞬間、ベールが現れる。その後ろにベルゼビュートも続いた。右手に剣を構える彼女は、無言で刃を振りかざす。振り下ろすまで秒読みの段階で、ルキフェルが両手を広げた。

「まって! まだ話が終わってない」

「話なんて不要ですわ。あるのは、陛下を傷つけたという事実のみよ」

 止めに入ったルキフェルが間に立ったことで、ベルゼビュートが怪訝そうな顔をした。魔王を傷つけた者に何を聞くというのか。殺してしまえばいい。いや、一思いに楽にするなど愚策だった。

 死ねないよう治癒の結界を施した中で、魔獣に食い殺させてもいい。切り刻んでバラバラにして、もう一度組み立ててやろうか。残酷な案が次々とベルゼビュートの脳裏を過った。

「ベルゼビュート、きちんと調べないとまた同じことが起きるのです。わかりますね」

 状況をしらべて対策を打たなければ、また同じ過ちを繰り返す。

 言い聞かせるベールの声に、舌打ちして刃をいったん下した。しかし鞘に納める気はないようで、そのまま右手に剣を握っている。ピンクの巻き毛を乱暴に掻き上げ、少し離れた壁に寄り掛かった。

 円筒状の塔は、部屋も円形だ。石造りの塔だけに隙間風も多かった。

「弓矢は誰からもらったの」

「訓練用に与えられたものだ。もともと部屋にあった」

「ふーん。どうやって結界を壊したの?」

 魔王ルシファーが張る結界はほぼ万能だ。過去に聖水を鏃に塗ったり、魔法陣を刻む方法で突破を試みた連中はいた。しかしどれも成功しない。彼の結界を完全に無効化したのは、魔王妃リリスの同化のみだった。

 ゆえに、彼がこの部屋から矢を射たとしても弾かれる。金属音がしたあと、矢は別の力によって結界を破壊した。魔法陣の展開もなく、魔法の気配もない。だから気づけずにルシファーを守り損ねたのだ。

 あのとき何らかの魔力を感知していたら、アスタロトが我が身を盾にしただろう。ベルゼビュートの剣、ルキフェルの魔法陣、ベールの結界が間に合ったはず。ルシファーが血を流す前に止められなかった原因を、ルキフェルは知りたかった。

 軽い口調だが、水色の瞳は鋭く青年を貫く。

「普通に射たが、結界なんてあったのか?」

 逆に問い返す青年が隠し事をしている気配はなかった。心底不思議そうに「結界なんて、アニメや漫画の世界だ」と呟く。

「もうちょっと調べる。僕は先に帰るね」

 いうが早いか、ルキフェルは青年を巻き込んで転移魔法陣で消えた。魔王を害した敵を排除するのだと意気込んでいたドラゴン達は顔を見合わせる。

「……ルキフェルに伝えて。殺すのはあたくしも参加する」

「伝えましょう」

 ベールが確約したことで、ベルゼビュートは転移して姿を消す。おそらく街の中に残してきた貴族の処理で憂さ晴らしをするのだろう。置いていかれたのはベールも同じだ。エドモンド達に他の魔族と合流するよう命じ、塔の外の景色を見ながら考え込んだ。

 残した人族の貴族はまだ数人いる。持ち帰る方がいいか、アスタロトやベルゼビュートに分けるべきか。ルキフェルの意識はすでに新しい玩具に向かっていた。子供はすぐに新しい物に興味を持ち、古い物を放り出す。ならば自分が処分しても構わないはずだ。そう判断して、窓の外へ身を躍らせた。
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