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33章 人族の勢力バランスなんて知らん

445. まだまだ罠が満載のようで

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「ルシファー、この罠……まだ仕掛けがある」

「確かに、この辺りは別の魔術が組み込まれています」

 ルキフェルが再現した魔法陣にベールも怪訝そうな顔をした。何があるのかと覗き込んだルシファーが「召喚?」と呟く。正確には召喚した魔術を逆転させて送り戻す術式だった。しかし始点と終点が欠けており、未完成の状態で放置されたらしい。安全面でも、対象者の生命が脅かされそうなレベルだ。

「未完成だな」

「持ち帰って研究する」

 嬉しそうに魔法陣を複写してしまい込んだルキフェルの髪を撫で、ルシファーは「任せるぞ」と言葉をかけた。頼られたことが嬉しいのか、ルキフェルは頬を緩めて隣のベールに抱き着く。ベールが甘やかしながら抱きとめた。

「パパ、リリスもぎゅっとする」

 羨ましいとリリスが強請るので、ぎゅっと抱きしめると小さな手が必死に背中に伸ばされた。届かずに添えるだけになったが、本人なりに満足したようだ。

「ひとまず帰るか」

「まだ獲物を残しておりますゆえ」

 遠回しに「獲物の片付けが終わっていない」とアスタロトが告げる。どうやらルキフェルやベールも同様らしい。

「あたくしも途中でしたわ」

 それぞれに楽しんでいるようだが、ルシファーはもうこの地に用はなかった。機嫌よく足を振っていたリリスが、ルシファーの胸元を強く掴んだ。疲れてきたのだろう、手で押さえながら小さな欠伸をする。そろそろ限界だ。

「リリスが疲れたので先に帰るぞ」

 ドラゴンはルキフェル、魔獣をベール、エルフやドワーフ達をベルゼビュートが担当して帰すことに決まった。都はすでに壊滅状態で、ガブリエラ国の王侯貴族は処分される。召喚魔法陣も破壊したため、新しく勇者や聖女が召喚されることもない。問題がひとつ解決したと、ルシファーは肩の力を抜いた。



 気づけたのは偶然だ。

 ぶわっと鳥肌が立つような不快感の直後、周囲に結界を張っていた。考えるより早い行動だが、金属が叩きつけられる甲高い音がして、とっさに腕をかざす。右腕を貫いた矢が、リリスの鼻先で止まった。

「っ! リリス、無事か?」

 リリスの鼻先にぽたりと血が垂れる。目を見開いたリリスの指先が鏃に触れそうになったところで、ルシファーが右腕を隠すように下げた。毒が塗られていたら害となる。守ったリリスに触れさせるわけにいかなかった。

「パパ……パパが痛い。黒いの、やだ……パパ、パパっ」

 混乱して泣き出したリリスを撫でてやりたいが、右腕はまだ血に濡れている。仕方なく頬ずりして宥めるが、魔力を色で判断する彼女は痛みを色で読み取ってしまい、泣き止まなかった。

「リリスは痛くないな?」

 もう一度確認すると、泣きながらリリスが頷いた。鼻をすするリリスの後ろで、イポスが慌ててハンカチを取りだす。渡されたハンカチで、リリスはルシファーの頬に飛んだ血を拭った。

 魔王の白い指先を伝う血が、石畳に流れる。豊潤な香りを纏う血の赤に、吸血種であるアスタロトが息を飲んで駆け寄った。

「ルシファー様ッ!」

「敵はどこです?」

「なぜ……」

 矢が飛んできた方角に対し、アスタロトが己の身を盾にする。敵を探るルキフェルをベールが庇う形で立ち、この場全体に二重の結界を張った。物理と魔法の両方に効果のある結界を重ねた内側で、ベルゼビュートが崩れ落ちる。

「なんてこと……っ」

 息を飲んだベルゼビュートが治癒のために矢を抜こうとするが、痛みを恐れて動けない。触れようとして手を引っ込める彼女に、ルシファーは穏やかな声で命じた。

「構わぬ、一息に抜け」

「ですが……傷が広がってしまいますわ」

 どうしようと混乱するベルゼビュートの手首を、アスタロトが掴んで引っ張った。振り向いた彼女の頬を、ぱちんと音を立てて叩く。驚いた顔で固まったベルゼビュートに、吸血鬼王はゆっくり言い聞かせた。

「我々の中で一番治癒に長けたのは貴女でしょう。私はルシファー様の盾として動けない。だから傷を任せるのです。しっかりしなさい!!」

 言い聞かせるアスタロトに気おされた彼女が頷き、滲んだ涙をグイと乱暴に拭った。ひとつ深呼吸をしてから矢が刺さった右手に触れる。矢羽根側に引いても、鏃を戻しても傷口が広がる状況だった。鏃が突き抜けた以上、真ん中で矢を折ってしまうのが最善の策だ。

「矢を折って抜きますわ。痛みますが……」

「やれ」

 命じる形で罪悪感や躊躇いを拭ってくれる主君に一礼し、風の魔法陣を当てて矢を切る。落ちた矢羽根を放置して、鏃側を解毒効果のある水で覆ってから引き抜いた。
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