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32章 怯える聖女、追う幼女

438. 勇者と聖女は持ち帰ります

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 人々にとって鳳凰は魔族ではなく、神獣として崇める対象だ。何度も生まれ変わりながら力を蓄える種族は、神の使いだと言われてきた。そんな鳳凰がフェンリルと言葉を交わし魔王の味方をしたことに、人族の間で動揺が広がる。

「人族を裏切る気か!」

 状況が理解できない貴族の一人が喚き散らした。ルキフェルが舌打ちする。

 弱者のくせに身の程をわきまえないのは人族の特徴だが、それにしても酷すぎた。足元で「勇者のくせに」「戦って死ね」と叫ぶ貴族からうるさい奴を選んで蹴飛ばす。顎を下から蹴り上げただけだが、骨が砕けて歯が吹き飛んだ。

「伯爵!!」

 蹴られた男は、ガブリエラ国の伯爵位にあるらしい。その程度のどうでもいい情報がもたらされた。

「煩い」

 少年姿のルキフェルを侮っていた彼らは、その一撃で頭を抱えてうずくまった。悲鳴をあげる口から血をまき散らす貴族は、鼻から下がだらりと垂れている。かなり上位の治癒魔法陣がなければ治らないだろう。そもそも治す気もないルキフェルは泣き喚く男の頭を踏みつけた。

「煩いって言ったんだよ」

 ぐいっと足に力を入れると、踏まれた男は震えながら必死で声を殺す。みしみしと頭蓋骨のきしむ音が頭の中に響いていた。

「ルキフェル、リリスの前だぞ」

 もう少し綺麗に片づけろと苦言を呈する主君に、ルキフェルは眉尻を下げた。リリスに恐がる様子はなく、きょとんとして踏まれた男を見ている。美しい赤い瞳に映すべき光景ではないだろう。さすがに頭が冷えたルキフェルが魔法陣を展開した。

「ごめん、向こうで片づけるね」

「そうしろ」

 踏んでいた男を含めたすべての王侯貴族を転移させ、爪で魔術師を捕まえている3匹のドラゴンへ声をかけた。

「尋問するから、それも連れてきてくれる?」

 ドラゴン形態の時は人の声帯とは形が違うため「ぐるるぅ」と唸って了承を伝える。行き先を示す魔法文字を空中に描いたルキフェルに頷き、彼らは爪で掴んだ魔術師を連れて空に舞い上がった。

「や、やめろぉ!!」

 泣き叫びながら連れ去られた魔術師を見送り、ルキフェルが「汚い」と呟いた。3人の魔術師のうち1人は気絶し、残った2人からまき散らされた液体を風で吹き飛ばす。危うく頭上から浴びるところだった。

「リリス、後でね」

「またね、ロキちゃん」

 ぶんぶんと全力で手を振って、転移するルキフェルを見送る。リリスはまた手を聖女の黒髪の上に戻した。すると今回はしっかりと彼女に掴まれてしまう。

「うん?」

「あの……私を保護してもらえませんか?」

 自分を閉じ込めて横暴に振る舞った王侯貴族は連れていかれた。この世界の常識も生活もわからない状態で、放り出された聖女は必死だった。ぎゅっと握った手に首をかしげるリリスが、振り返ってルシファーを呼ぶ。

「パパぁ! このお姉ちゃん、おうちに連れてっていい?」

「ああ」

 勇者も受け入れたことだし、いまさら聖女が増えたところで問題はあるまい。政治的な面でも保護しておいた方が、人族への抑えになる。頷いたルシファーに視線を移した聖女は、絶句した。

 前世界にも美形はいた。誰もが認める美人女優やモデル、男女問わず雑誌やテレビで観た誰より整った外見の青年は身をかがめ、柔らかな所作で幼女を抱き上げる。愛しくて堪らないと感情を浮かべた銀の瞳が、黒髪の幼女を映した。

 彼女の黒髪を撫でて頬をすり寄せる美形の純白の髪を、幼女は遠慮なく掴んで笑う。仲のよい親子、で合っているのだろうか。現実感のない美しい光景に見惚れながら、聖女は己の頬をつねった。

「僕も、いいんですよね?」

 保護者となったルキフェルがいなくなったので、不安になったアベルが尋ねる。このまま「人族同士だからちょうどいい」と置いて行かれたら堪らない。また勇者として戦いに投入される気がした。

「帰りたくないと言わなければ、連れ帰る予定だ」

 意地悪い言い方をして笑ったルシファーに、アベルはほっと胸を撫でおろす。

「絶対に連れ帰ってください」
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