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32章 怯える聖女、追う幼女
429. 幼女の号令、出発侵攻!
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魔獣達が集う魔の森、フェンリルの領地の先でリリスは立っていた。自分の足で立つのは久しぶりで、足元をじっと見る。赤い靴がやたら可愛い。ついでに服も揃いで、赤いワンピースに白いエプロン姿へ変更していた。
あれこれ汚れたルシファーは、ルキフェルが魔法陣で洗浄した。臭う吐しゃ物や泥もすべて洗い流され、今は立派な魔王様ルックである。黒く長いローブは、地位を示すアクセサリーがじゃらじゃら飾られていた。
「パパ」
「なんだ?」
「やっぱり抱っこ」
両手を伸ばして待てば、すぐに抱き上げられる。嬉しそうな美形は崩れても美形だった。頬をすり寄せるルシファーのスキンシップが激しくなっているが、事情を知らないベルゼビュートは見ないフリをした。聞くと教えてもらえるだろうが、アスタロトの気配に気づいたので、尋ねることをやめたのだ。
美女危うきに近寄らずってやつね――あちこち突っ込みどころ満載の彼女は、ピンクの巻き毛をくるくるとシニョンにして髪留めを差し込む。顔の脇に一房ずつ残した髪が柔らかくウェーブしていた。ドレスはやはり煽情的で露出度が高い。スリットはかなり際どく、零れそうな白い胸元に紺色が映えた。
「う゛……っ、うげぇ」
またしてもドラゴンの揺れに耐えきれなかった勇者アベルが、土の穴に吐しゃ物をまき散らした。親切なセーレが掘ってくれた穴だが、埋め戻せば綺麗に片付くという点が評価できる。問題点があるとしたら、小山サイズのセーレが掘った穴が大きすぎて、アベルごと埋められる巨穴だったことだろう。
墓穴を掘るって、これか。
異世界の諺を間違って思い浮かべ、胃の中の残留物をすべて吐き出した。苦笑するルキフェルが「そんなに揺れた?」と尋ねながら、水を作り出してくれる。手を洗い、鼻や口をすすぐと気持ちが楽になった。
「これを噛むといいわ」
気の毒に思ったオレリアが採取したミントの葉を手渡す。いきなり美人に優しくされ、赤くなったり青くなったり変化する顔色に、心配そうなオレリアが顔を近づけた。吐いたばかりなので恥ずかしくて顔をそらすアベルに、気にしないオレリアがさらに近づく。
「どうしたの?」
「ち、近づかないで」
逃げる勇者、追うエルフ、それを観察する魔王と魔王妃。カオスな状況だが、当事者はいたって真面目だった。
「パパ、あの2人は仲良しなの?」
「わからんが、たぶん仲良くしたいんじゃないか?」
これから仲良くなるんだろうと適当な見解を述べるルシファーへ、彼らを放置して戻ってきたルキフェルが「アベルって手が早いのかも」と呟く。実際に迫っているのはオレリアなので、襲われている側だ。誤解を解く間もなく、アベルはミントを口に放り込んだ。
臭いが気になるなら噛んで臭いを消せばいい。簡単な理論だが、大きな危険を孕んでいた。そう、ミントの葉が彼の知るミントより濃い味だったのだ。
「げほっ……けふ、う、にがぁ」
今度はオレリアが作った水を慌てて飲み、ほっと一息ついた。
「我が君、あの人族はとろいですな」
呆れ顔のヤンに、リリスがはしゃいで手を伸ばす。牛サイズに小型化したヤンの鼻先を撫で、ご機嫌麗しいお姫様は街の方向を指さした。
「しゅっぱ~つ、しんこぉ!!」
『出発進行=前に進め』の言葉は集まった魔族の耳で、違う単語に変換された。すなわち『出発、侵攻=攻め込む許可』だと勘違いされる。
「先陣は我が一族の誉れぞ!」
勝手に先陣役を買って出たセーレが吠えると、魔獣達が応じる。そのまま魔の森を走り出した彼らを、ルシファーは茫然と見送った。灰色魔狼が先に走り出し、後ろを魔狼、魔熊、魔豹と種族も様々な魔獣が追いかけていく。護衛感覚が抜けないのか、ヤンは大きく尻尾を振りながら残った。
「行け! 我が息子よ!! 魔獣の誇りを見せつけろ」
しっかり後ろから煽るヤンの咆哮に、かなり遠くから応じる遠吠えが返った。リリスが目を輝かせて「おぉん!」と真似をする。彼女は魔獣の声色がお気に入りらしい。
「後れを取るでない! 我らドラゴンこそ魔族の強者ぞ!!」
「「「おう!!」」」
大量のドラゴンや龍が空に舞い上がり、あっという間に消えてしまった。それも見送ったルキフェルが「僕も行きたかった」と呟くにいたり、ようやくルシファーも状況を理解した。
「……アスタロトが怒る、いや喜ぶか? すぐ追いかけよう」
このまま放置したら聖女を探す前に、魔族が都を滅ぼしてしまう。焦ったルシファーは地点計算を終えると、移転魔法陣を描いた。
「全員乗れ」
以前にゾンビの街で作った魔法陣と同じ、人が乗ったらその分だけ大きくなるよう調整し直して声をかける。ドラゴンに忘れられたドワーフとエルフが乗り、おたおたする勇者アベルもルキフェルが回収した。置き去りを恐れる他の種族も飛び込む。
「ヤン、いくよぉ」
子犬サイズに縮んだヤンを、リリスがぬいぐるみのように抱っこする。いつも魔法陣に乗り損ねる彼も今回は問題ない。魔法陣が光り、その場の全員の姿が消えた。
あれこれ汚れたルシファーは、ルキフェルが魔法陣で洗浄した。臭う吐しゃ物や泥もすべて洗い流され、今は立派な魔王様ルックである。黒く長いローブは、地位を示すアクセサリーがじゃらじゃら飾られていた。
「パパ」
「なんだ?」
「やっぱり抱っこ」
両手を伸ばして待てば、すぐに抱き上げられる。嬉しそうな美形は崩れても美形だった。頬をすり寄せるルシファーのスキンシップが激しくなっているが、事情を知らないベルゼビュートは見ないフリをした。聞くと教えてもらえるだろうが、アスタロトの気配に気づいたので、尋ねることをやめたのだ。
美女危うきに近寄らずってやつね――あちこち突っ込みどころ満載の彼女は、ピンクの巻き毛をくるくるとシニョンにして髪留めを差し込む。顔の脇に一房ずつ残した髪が柔らかくウェーブしていた。ドレスはやはり煽情的で露出度が高い。スリットはかなり際どく、零れそうな白い胸元に紺色が映えた。
「う゛……っ、うげぇ」
またしてもドラゴンの揺れに耐えきれなかった勇者アベルが、土の穴に吐しゃ物をまき散らした。親切なセーレが掘ってくれた穴だが、埋め戻せば綺麗に片付くという点が評価できる。問題点があるとしたら、小山サイズのセーレが掘った穴が大きすぎて、アベルごと埋められる巨穴だったことだろう。
墓穴を掘るって、これか。
異世界の諺を間違って思い浮かべ、胃の中の残留物をすべて吐き出した。苦笑するルキフェルが「そんなに揺れた?」と尋ねながら、水を作り出してくれる。手を洗い、鼻や口をすすぐと気持ちが楽になった。
「これを噛むといいわ」
気の毒に思ったオレリアが採取したミントの葉を手渡す。いきなり美人に優しくされ、赤くなったり青くなったり変化する顔色に、心配そうなオレリアが顔を近づけた。吐いたばかりなので恥ずかしくて顔をそらすアベルに、気にしないオレリアがさらに近づく。
「どうしたの?」
「ち、近づかないで」
逃げる勇者、追うエルフ、それを観察する魔王と魔王妃。カオスな状況だが、当事者はいたって真面目だった。
「パパ、あの2人は仲良しなの?」
「わからんが、たぶん仲良くしたいんじゃないか?」
これから仲良くなるんだろうと適当な見解を述べるルシファーへ、彼らを放置して戻ってきたルキフェルが「アベルって手が早いのかも」と呟く。実際に迫っているのはオレリアなので、襲われている側だ。誤解を解く間もなく、アベルはミントを口に放り込んだ。
臭いが気になるなら噛んで臭いを消せばいい。簡単な理論だが、大きな危険を孕んでいた。そう、ミントの葉が彼の知るミントより濃い味だったのだ。
「げほっ……けふ、う、にがぁ」
今度はオレリアが作った水を慌てて飲み、ほっと一息ついた。
「我が君、あの人族はとろいですな」
呆れ顔のヤンに、リリスがはしゃいで手を伸ばす。牛サイズに小型化したヤンの鼻先を撫で、ご機嫌麗しいお姫様は街の方向を指さした。
「しゅっぱ~つ、しんこぉ!!」
『出発進行=前に進め』の言葉は集まった魔族の耳で、違う単語に変換された。すなわち『出発、侵攻=攻め込む許可』だと勘違いされる。
「先陣は我が一族の誉れぞ!」
勝手に先陣役を買って出たセーレが吠えると、魔獣達が応じる。そのまま魔の森を走り出した彼らを、ルシファーは茫然と見送った。灰色魔狼が先に走り出し、後ろを魔狼、魔熊、魔豹と種族も様々な魔獣が追いかけていく。護衛感覚が抜けないのか、ヤンは大きく尻尾を振りながら残った。
「行け! 我が息子よ!! 魔獣の誇りを見せつけろ」
しっかり後ろから煽るヤンの咆哮に、かなり遠くから応じる遠吠えが返った。リリスが目を輝かせて「おぉん!」と真似をする。彼女は魔獣の声色がお気に入りらしい。
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