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30章 勇者の紋章の行方

404. 倒したフリ、倒された演技

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 逃げ回る自称勇者が助けを求める騎士は、アスタロトに捕まった。見せ付けるように手を、足を、切り刻んだ。生かして残した男を置き去りに、今度は魔術師が、気絶していた剣士が片付いていく。

 残されたのは参戦しない本物と、逃げ回ることを選んだ偽者だけ。ここまでは惨劇で、最後はホラーだった。耐えきれない人族の脆い精神が崩壊する。

「あなたの番です」

 笑顔でそう囁いて、自称勇者の首を切り落とした。転がった首に思わず冥福を祈ってしまうルシファーが、黙って見ていた青年に声をかけた。

「そなたは戦わぬのか?」

 本物の勇者である青年はすたすたと近づき、突然膝をつく。ぺたんと座った彼は、白に近いクリーム色の肌、赤毛に青い瞳をしていた。人族の中で、これほどの魔力量をもつ者はいないだろう。

「降伏するので、魔王城で雇ってもらいたい」

「え?」

「はい?」

「嘘! なにそれ」

 ルシファー、アスタロト、ベルゼビュートの順で聞き返す。

「なゃに、それぇ」

「ヤバイ、リリスが可愛すぎる」

 危うく宿敵に鼻血を吹きかけるところだった。ルシファーが咄嗟に抑え、こんな姿は住民達に見せられないとアスタロトが隠す。ベルゼビュートは民に張った結界を不透明にした。

「おい、見えないぞ!」

「魔王様が何か爆発させんたんじゃないか?」

 住民が騒いだ少しの間に、なんとか立て直した。表情を引き締め、鼻血を隠す。その後、住民の目隠しとなっていた結界は透明に戻された。

「あ、見えた」

「おお、クライマックスに間に合った」

 住民達は派手な戦いを期待している。勇者が来れば、剣での戦いや魔法による攻撃があるものだ。それを退ける最強の魔王の姿を見物に来ていた。

 そんな魔族の期待を裏切るようで申し訳ないが、勇者はもう一度同じ言葉を呟く。

「魔王城で働きたいと申すか?」

 先ほど立て直した時に、仕事バージョンに戻した口調で尋ねた。ルシファーの白い髪がもそもそ動いている。よく見ると髪を掴んだリリスが、座る向きを直そうとしていた。

 ルシファーに抱きつく形から、横座りに直したいらしい。首に手を回したり、腕を掴んだりと忙しかった。

「ああ、そうだ」

「そなたは人族の勇者であろうに。奇妙なことを言い出すものよ」

 罠ではないのかと言外に尋ねる魔王。勇者は真剣な表情で首を横に振った。魔王の腕の中の幼女が滑りそうになり、ルシファーが右手も使って支える。

「大丈夫か?」

 思わず素で問いかけたルシファーに、声が途切れ途切れに聞こえる住民達がどよめいた。彼らに聞こえたのは「魔王城に……」「そうだ」「 ……人族の勇者……言い出す……」と内容がわからない会話だ。そして穴埋めゲームが始まる。

 直後の「大丈夫」発言で、魔族の脳裏に間違ったストーリーが出来上がった。魔王城の住人や他者に危害を加えると言った勇者を説得したが、魔王陛下の腕にいる幼子に攻撃したのではないか? それ故に、陛下はリリス嬢に「大丈夫か」と問いかけられた。

 もし本当なら、とっくに勇者瞬殺で跡形もない事例なのだが、魔族の民はキレた魔王の姿を知らないため、心優しい魔王様と誤解した。

「なんて奴だ!」

「正々堂々と戦え」

「そうだ! 姫様はまだ幼いんだぞ」

 騒ぐ住人の声に、アスタロトは笑い出す。ベルゼビュートは首をかしげ、斜め後ろでリリスの護衛に入ったイポスは眉をひそめた。住民達の騒ぎが、人族の勇者一行の発言と被ったのだ。

「我が民よ、勇者との間に入ってはならぬ。これは魔王たる余の役割だ」

「申し訳ねえ」

「邪魔はしねえよ」

 口は悪いが人情に厚い魔族の若者が先走り、年寄りが謝罪する事態となり、ようやく会話が再開された。

「とりあえず……戦って倒されたフリしてくれるか?」

「……あ、ああ。殺さない、か?」

「魔王たる余の名に誓って、殺さぬ」

 言い切って、派手な火花を周囲に散らす。青年は短剣を抜いて構え、ルシファーは愛用の剣を呼び寄せた。黒い刃と短剣を打ち鳴らして、勇者が芝の上に倒れる。

 一世一代の大芝居を成し遂げた勇者を、ルシファーは転移魔法陣で包んで消した。

「余の勝利だ」

 簡単すぎる勝利だったが、住民達は大いに喜んだ。元が人族など瞬殺の実力差がある上、動いて戦う魔王様を見物に来ているのが本音だ。不満などあるはずなかった。

「あとは任せる」

 事情を理解したベルゼビュートを残し、ルシファーはアスタロトとイポスを従えて城内へ戻る。中庭へ転移させた勇者は、きょろきょろしながらエルフに槍を突きつけられていた。
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