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28章 魔の森、復活大作戦

383. 褒美の分配でやや揉めました

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 淡々とした口調で「書類がそろいました」と告げる。声と裏腹に楽しそうな表情で、アスタロトがベールに許可が出た申請書を渡した。さっと目を通し、書類が本物だと確認したベールが驚きの声を上げる。

「随分簡単に許可が出ましたが……あの方が反対なさらないのは驚きです」

 即位した頃の魔王ならば処刑の即断をした。しかしここ数千年の穏やかな彼の様子や、リリスを拾ってからの柔らかな対応から、この処刑は何らかの条件を付けて変更されると考えたのだ。だからこそ、一番厳しい『関係者全員の処刑』を申し出たのだが、そのまま受け入れられた。

 意外だと言いながら、ベールの表情は柔らかい。側近である彼らの自尊心は高く、治世を支えてきた自負も強い。それゆえに膝を折る主君を侮った連中に対し、苛烈な対応となり激しい怒りが向けられるのは当然だった。

 魔王城のベールの執務室には、疲れて眠るルキフェルがいる。すやすやと眠る子供に聞こえないよう、物騒な会話はひそひそと小声で続けられた。

「リリス嬢絡みですから」

 遠回しに、彼女が絡めば誰より残酷になれるルシファーの一面をほのめかす。

「なるほど」

 同意したベールにも共感できる部分は多かった。かつて己の番を失ったベールは、唯一と定めた存在が喪われる痛みを知っている。世界が暗闇になる瞬間を、誰より身に染みて覚えていた。

 だから大切にするルキフェルの足元を揺るがした輩を許す気はない。ドラゴン種の頂点に立つルキフェルは、今回の騒動で降格の対象になる――大公の座を望む上位貴族からはそんな意見が出ていた。

 水色の髪の子供は、ベールの欠けた心の隙間を埋めてくれた恩人だ。彼を貶める発言も行為もベールは許す気がない。もし罪人の処分をルシファーが渋れば、別のルートから罠に嵌めてでも殲滅するつもりだった。

 執務室の机を挟んだ2人の間で、処刑に関する詳細が詰められていく。魔の森の今年の恵みは諦めるしかないが来年のため、魔力を急ぎ供給する必要があった。

 魔王の安定した治世を保つ条件でもある。冬の準備を進め、魔王城の備蓄をほぼすべて供出きょうしゅつしても、まだ足りないのだから。

「半分ずつでいいですか?」

 きっちり等分に分けようと提案するアスタロトへ、後ろから別の声がかかる。

「ねえ、あたくしをのけ者にするのはよくないわ」

 ベルゼビュートが腕を組んでにっこり笑う。魔王ルシファーに傾倒するのはアスタロトだけではない。付き合いが長いベルゼビュートも、尊敬の念は人一倍だと自認していた。精霊女王の名に相応しい存在感を示しながら、染めた爪を唇に当てる。

 意味ありげな所作にアスタロトが目を細めた。

「おや、この処刑はなのですが」

「あたくし、精霊や妖精を総動員して多少の備蓄を持ち込んだの。あとで確認してくださる? それに対しての褒美はいただけるのでしょうし」

 片付いたベールの執務机の上にリストを置き、薄緑に染めた爪で増えた備蓄の量を示した。足りない備蓄を補うにはまだ足りないが、不足すると試算が出た草食系種族へ追加分として十分な量だ。数字に関しては信用できる彼女の計算を前に、大公2人は顔を見合わせた。

「確かに、功績には褒美をもって報いるのがルールです」

 頭を悩ませていた部分が多少なり解消されるとなれば、獲物を分け与える価値がある。手のひらをかえすアスタロトの笑顔に、ベルゼビュートは赤い唇で弧を描いた。

「よかったわ。頑張った甲斐があったというもの」

「……僕の分は?」

 欠伸をしながら身を起こしたルキフェルが、くしゃりと水色の髪をかき乱した。寝ぐせのついた短い髪を、ブラシ片手のベールが整えていく。先日の騒動以来、ようやくルキフェル離れが出来ていたベールは再び過保護に火が付いた。

 加熱していくベールやルシファーの溺愛による暴走を止める役は、今やアスタロト1人の肩に重くのしかかっている。

「ルキフェル、あなたは忙しいのですから」

「そうですよ。まだ言い伝えの記録作業もあるでしょうし」

 ベールとアスタロトが口を揃えて断ろうとする。しかし少年が納得するわけがない。敬愛する主君と可愛い妹分に弓引いた連中を処断するとあれば、好戦的な竜族が黙って引き下がれなかった。

「なんで、僕だけ」

 むっと唇を尖らせたルキフェルに、ベルゼビュートが爆弾を落とした。

「だって、今回の処罰対象のほとんどがドラゴン種なのよ。あなたに同族が処分できて?」

「ルシファーの敵は、僕の敵だよ」

 躊躇う様子もなく瞬時に言い返したルキフェルに、降参だと呟いたベールがブラシを置いて手を差し伸べる。その手を取った子供へ「ならばお手伝いをお願いしましょう」と告げた。
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