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26章 禁じられた魔術

357. 奇跡と世界の終わり

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※流血表現があります。
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 魔力を吸い込む力が弱まる。期待の眼差しを向けるルシファーの背から、7枚目の翼が消えた。残りは5枚と力を貸してくれる側近達。足りるだろうか。

「……ダメ、よ。パパ」

 世界が滅んでしまうわ。痛くて苦しいのに、泣き出しそうな顔で笑おうとするリリスの震える唇の動きを読んで、ルシファーは目を見開く。溢れ続ける涙が、ぽたりと彼女の顔に落ちた。赤い血を薄めながら流れた涙の温かさに、リリスは満ち足りた気持ちで目を閉じる。

「嫌だ! リリス、リリス……っ、リリス!!」

 叫んだルシファーが抱き締めたリリスの背に、白い翼が2対広がった。そして根元に突き刺さる矢が押し出されるように地面に落ちる。真っ赤な血に濡れた矢の先に鏃はなく、彼女の体内に残った形だ。ふっとリリスの呼吸が止まり、けほっと赤い血を吐き出した。

「リリス、苦しいのか?」

 このまま魔術を続けて延命して、世界を滅ぼして、それが正しいとは思わない。それでも彼女の痛みや苦しみを消したいと願うから、供給する魔力を必死にかき集めた。怠い腕はリリスの身体を支えるだけで手いっぱいで、身を起こしているのも辛いのに。

 虹色の刃に目を落としたアスタロトが、諦めたように天を仰いだ。ずるずると剣先をひきずる形で近づき、ルキフェル達から少し離れた場所に膝をつく。魔法陣の中で嘆く主の姿を目に焼き付け、喉に剣先を向けた。これでルシファーが満足するなら、彼を喪う前に自らを消し去るのも悪くない。

 喉に魔法陣を施し、剣にも同じ魔法陣を刻む。最後の魔力が尽きるまで搾り取るための保険だった。

「アスタロト、何を!?」

 気づいたベールの声を聞きながら、アスタロトは躊躇いなく己の喉を突いた。魔法陣の上に倒れ込んだアスタロトの血が、魔法文字を活性化させる。







 その瞬間に起きた出来事を、ある人は奇跡だといい、別の人は世界の終わりだと表現した。

 魔法陣は光を放った直後に消え去る。赤い血が雫となって降り注ぎ、白い羽が舞う。空は沈黙して明るい日差しを落とし、照らし出された大地は赤黒く染まっていた。

 リリスを抱き込んだルシファーを、ケルベロスが庇う。その上から騎士イポスが覆いかぶさった。失血して動かない身体で手を伸ばしたベールの手を、ルキフェルが掴む。しばらくして身を起こした彼らの目に映ったのは、驚く光景だった。

 見渡す限りの魔の森が枯れ木と化し、しかしリスなど動物の命は奪われていない。魔狼族は怯えて身を寄せ合っていたものの、被害はなさそうだった。フェンリルのヤンが仲間を庇う形で立ち尽くしている。

「何が……」

 呟いたベールが怠い身体を起こすと、ルキフェルもどうにか座る。しかし辛いのか、ベールに寄り掛かった。水色の髪を撫でて失わなずに済んだことに感謝する。首を突いたアスタロトが、ぎこちなく指先を動かした。

「あ、アスタロト。生きていますか?!」

 必死にかき集めた魔力で治癒魔法陣を作ろうとするが、その前にアスタロトがごろりと空を見上げる形で寝返りを打った。

「……死に損ねました」

 くつくつと喉を震わせて笑う彼の首は、傷口があるものの血は止まっていた。安堵する反面、こんな無茶をした同僚に怒鳴り散らしたい気持ちが湧き上がる。

「説教なら、あとで」

 いくらでもお伺いしますよ。そう匂わせたアスタロトが視線を向ける先に気づいて、ベールは言葉を飲み込んだ。イポスとケルベロスが守る主の元へ、這うように近づく。

「イポス」

 生きているかと問う声に、別の少女達の声が重なった。

「大変! ルーシア、治癒魔法陣を作って。シトリーとレライエは魔力を供給」

 ルーサルカの指示と同時に、周囲の穢れた大地をルーサルカが浄化し始める。美しい緑色の光に包まれた大地はわずかながら草を蘇らせた。魔法陣がいくつも作られ、複写された治癒魔法陣が倒れた側近や魔王の上に展開する。

「姫様は?」

「リリス様! 魔王陛下も」

 心配する少女達の声に応える形で、イポスの下で身じろぐ純白の髪が見えた。身を起こしたイポスが地面に座り込み、その隣にお座りするケルベロスが3つの頭で心配そうに主を見守る。

 この時点で魔王の無事は確認された。ケルベロスはルシファーの眷属だ。もしルシファーの命が絶えていたら、彼らはこの世界に顕現することも干渉もできない。近づいたケルベロスが、主の手をぺろりと舐めた。残る頭のひとつが、小さな手を同じように舌で刺激する。

「……っ、リリスは?!」

 気づいて身を起こしたルシファーは、手をすり抜ける小さな身体を慌てて抱きとめた。全身が痛くて怠く、呼吸すら億劫なほどの状況を一瞬忘れる。

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 この場にいた全員の疑問の声が重なった。
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