上 下
353 / 1,397
26章 禁じられた魔術

350. 代償は高くつくぞ

しおりを挟む
「余の居城の庭先で、何を騒いでおる」

 仕事バージョンで対応したのは、右側の白衣を着た数人が魔族だからだ。明らかに人族が持ち得ない、大きな魔力を内に秘めていた。

「魔王だと!?」

「くそ、また敵が増えた」

 白衣側と人族の魔術師側の認識に、多少の食い違いがある。白衣の連中は魔王が来たことに驚いているが、魔術師はこちらを魔族という一括りで判断していた。

「我が君、魔獣が混じっております」

 魔術師が使役する中に、ゴブリンなどの魔物に混じり、狼系の魔獣がいた。気づいたヤンが怒りの咆哮ほうこうをあげる。

「我が眷属を操るとは、許し難き暴挙! 滅びよ」

 フェンリルは一瞬で元の大きさに戻ると、毛を逆立てて唸った。魔力を乗せた咆哮で魔獣を操る術の打破を試みる。

 響き渡る狼の遠吠えに、周辺から魔狼達の声が返った。魔王城は魔獣が多く住み着く森の奥にあり、現在の魔狼の長であるセーレを始めとした魔獣達にとって重要な場所なのだ。幼き頃に魔王の手で守られて育ち、年老いてのち魔王の足元で朽ち果てる。それが魔獣にとっての最高の栄誉だった。

 長を引退したヤンがルシファーの側で過ごしたいと願ったのも、こうした魔獣の考え方が大きく影響している。その魔王に牙を剥くことは、操られた魔獣にとって最大の恥辱だ。

「我が君への忠誠を見せる時ぞ!」

 ヤンの号令一下ごうれいいっか、もの凄い勢いで魔獣が集結する。我に返った魔獣も加わり、一気に戦力が拡大した。大量の魔狼の群れに、リリスは目を輝かせる。

「魔狼族は下がれ。ここは余の遊び場だ」

「はっ」

 首を垂れて伏せたヤン以外の魔獣は、リリス達を守る結界の前に下がる。魔王の背後であり、魔王が大切にする少女達の盾になるためだった。彼らの覚悟に、ルシファーは満足そうに頷く。

「まず人族の魔術師は、何故なにゆえ余の領域に入った?」

 対話の姿勢を見せる魔王へ奇妙な顔をするが、魔術師の1人が叫び返した。

「人さらいをしたくせに、魔族が理由を問うのか!」

「……人攫い?」

 人族の動向は監視を置いていた。しかし監視役のハルピュイア達は、『人族が魔族の領域に侵攻しないか』を見ているだけだ。人族に対して危害を加える魔族がいたとしても、気づかなかった可能性が高い。仲間を攫われたり傷つけられたなら、こうして魔の森の奥まで追ってくる理由に納得が出来た。

 5年前の戦いで分裂した3つの国のいずれかで、魔族による人攫いがあったのなら、それは調査の対象になる。考え込んだルシファーに向かって、大きな炎が放たれた。

 パシンッ! 派手な音で結界に弾かれた火炎が周囲の木に燃え移る。ルーシアがすぐに魔法陣を使って、魔の森への延焼を防いだ。手を叩いてルーシアの活躍を喜ぶリリスとハイタッチしている。どうやら背後の心配は不要らしい。

「ふむ……魔族でありながら余に弓引くか」

 どうやら悪いのは人族側ではなく、魔族側のようだ。冷静に判断しながら、後ろの結界を広げる。リリス達の前で盾になる覚悟を決めた魔獣を、結界内に包んだ。先ほどと同程度の攻撃がまだ襲うとしたら、魔獣に被害が出てしまう。

「うるさい!」

 叫んだ白衣の男がこちらへキマイラ達をしかけた。唸りながら攻撃態勢に入ったキマイラは2種類だ。ミノタウロスにワイバーンの翼が生えたモノ、四つ足で移動するトカゲのような生き物の背にゴブリンが埋まっているモノ。どちらも人為的な実験で生まれた被験者のようだ。

 自然が生み出すはずのないおぞましい姿で攻撃を仕掛けるキマイラ達に、ルシファーは黙祷もくとうするように目を閉じた。

「せめて苦しまなくて良い方法で送ってやろう」

 魔王の称号に相応しい純白の姿で、黒い4枚の翼を広げた。開かれた銀瞳が溢れた魔力に煌めきを増す。魔力量と格の違いを見せつけながら、逃げ出そうとした白衣の男達を指差した。

「どの種族か知らぬが、代償は高くつくぞ」

 逆らうことは咎められない。強さをたっとぶ魔族にとって、下剋上げこくじょうは歓迎されるくらいだ。しかし弱い種族から搾取さくしゅしたり、禁術を使った実験は別だった。

 犯した罪には、ふさわしい罰が必要だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

(完)結婚式当日にドタキャンされた私ー貴方にはもうなんの興味もありませんが?(全10話+おまけ)

青空一夏
恋愛
私はアーブリー・ウォーカー伯爵令嬢。今日は愛しのエイダン・アクス侯爵家嫡男と結婚式だ。 ところが、彼はなかなか姿を現さない。 そんななか、一人の少年が手紙を預かったと私に渡してきた。 『ごめん。僕は”真実の愛”をみつけた! 砂漠の国の王女のティアラが”真実の愛”の相手だ。だから、君とは結婚できない! どうか僕を許してほしい』  その手紙には、そんなことが書かれていた。  私は、ガクンと膝から崩れおちた。結婚式当日にドタキャンをされた私は、社交界でいい笑い者よ。  ところがこんな酷いことをしてきたエイダンが復縁を迫ってきた……私は……  ざまぁ系恋愛小説。コメディ風味のゆるふわ設定。異世界中世ヨーロッパ風。  全10話の予定です。ざまぁ後の末路は完結後のおまけ、そこだけR15です。 

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

処理中です...