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26章 禁じられた魔術

347. 徐々に追い詰めて王手へ

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「次に襲われたら、すぐ帰ってきた方がよさそうだな」

「今回は否定できません」

 アスタロトも思わぬ惨状に苦笑いする。被害が拡大した原因は、3つ。ルキフェルが最初から竜体で戦わなかったこと、魔法の相性が悪い相手であり、複数の敵だった。

 頭が5つある中程度のヒュドラに、ハルピュイアらしき鳥の羽がついたタイプが炎系の攻撃を得意として空から攻撃してくる。合間を縫うようにコウモリの羽をもつ馬頭のミノタウロスもどきが大量に放たれた。それらを駆除している間に、今度はワニ頭の魔犬らしき生物が襲ってくる。

 どれも魔法が効きにくく、何らかの実験動物の可能性が高かった。

「北へ調査の手を伸ばしたら、突然襲って来たから……方針は間違ってなかったと思う」

 竜体になれば体力も魔力も消費する。久しぶりの変体による空腹をパンで満たしたルキフェルは、襲い来る眠気と戦いながら報告を終えた。

「ルキフェルを休ませます」

 反対する気もないが、決定事項として言い切るベールの過保護さに頷いた。





「ご報告が遅れました。レライエ嬢が見たという小川のほとりの家ですが、すでに焼失しております。証拠を焼いて逃げたようですね」

 アスタロトがさほど残念でもなさそうな口ぶりで告げる。向かいに座ったアスタロトの配下は文官と情報収集専門の者に分かれていた。別の情報を得ているのだろう。

「魔の森の北側、我が領地の中に不審な建物を発見しました」

 やっぱり……そう思いながらルシファーは頷く。

 アスタロト大公領はかなり広い。信頼の証だと考える貴族もいるようだが、魔王城の背後に当たる場所を彼に与えたのは、当時のルシファーが「ケンカ上等、文句があれば攻めてこい」という挑発だったのは懐かしい話題である。いわゆる黒歴史の一部だった。

 普段から夫婦そろって魔王城に勤めるアスタロト家の、広大な領地を管理するのは大量の吸血鬼達だ。他の種族と違い、吸血行為を行う彼らの餌場を確保するには、餌となる魔獣や魔物が豊富で広大な領地が必要なのだ。

 保護される彼らの行動半径は広く、そのため不審な建物はどんな僻地でも即日発見されてしまう。魔王城の背後を守る意味でも、現在は非常に有効な配置だった。

「さきほど転移で中をチェックしてきましたが、なんと地下室がありました」

 隣の家の庭を覗いたような軽い口ぶりで、アスタロトが1枚の報告書を取り出した。見取り図が丁寧に手書きされた紙に、ところどころ物騒な単語が躍る。死体、生き血、内臓だの……あまり好ましい要素のない注釈に眉をひそめた。

「研究室を引っ越したのか」

「泳がせて頭を押さえようと思います」

 手足に過ぎない実験場を潰すより、頭まで辿ってから息の根を止める方向性を考えている。にっこり笑う側近の顔が、とても残忍そうに見える瞬間だ。実際、彼に処理を任せると真っ赤な返り血に濡れる結末しかないが……。

「任せるが、頭はオレが潰す」

「かしこまりました」

 生き物の命を弄ぶ実験や禁じられた術を使用したキマイラの製作は、魔族の禁忌事項だ。法より倫理にもとる行為に対して、ルシファーは自ら処断することを明言した。

「パパ、そちらのお菓子を取って」

「はいよ」

 膝の上でじたばたしたお姫様のご要望に頷いて、少し先の焼き菓子を皿ごと引き寄せる。

「ありがとう。それと頭を潰すときは連れて行ってね」

「ああ……ん?」

 思わず話の流れで頷いてしまい、リリスの顔を覗き込む。摘まんだ菓子を一つ頬張り、もう一つを「あーん」とルシファーの口に押し込んだ。もぐもぐ噛みながら、さっきの会話を反芻する。

「リリスも行くのか?」

「うん、行きたいわ」

「考えておく」

 連れていくとは言ってない。そう自分に言い訳しながら顔を上げると、報告書をファイルに綴じるアスタロトの目が「このヘタレ」と責めていた。リリスが願うと断れない自覚があるから、ルシファーは目を逸らす。

「現在、『禁じられた魔術』を持ち出した者をベルゼビュートが追っております」

 キマイラ製造方法は、法に明記された禁術のひとつだ。記された書物は魔王城内の書庫、奥深くで厳重に管理されていた。リリスによる『魔王陛下の魔力暴走による魔王城大損壊事件 』(記録上の正式名称)以降、書庫の管理が甘かった時期があった。その間に持ち出されたのだろう。

「特定できたのか」

「はい」

 口角を持ち上げたアスタロトの笑みに、持ち出し犯の冥福を祈ってしまうルシファーであった。
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